日本聖公会 聖マーガレット教会
〒167-0054 東京都 杉並区 松庵1-12-29
TEL 03-3334-2812
9自分は正しい人間だとうぬぼれて、他人を見下している人々に対しても、イエスは次のたとえを話された。
10「二人の人が祈るために神殿に上った。
一人はファリサイ派の人で、もう一人は徴税人だった。
11ファリサイ派の人は立って、心の中でこのように祈った。『神様、わたしはほかの人たちのように、奪い取る者、不正な者、姦通を犯す者でなく、また、この徴税人のような者でもないことを感謝します。
12わたしは週に二度断食し、全収入の十分の一を献げています。』13ところが、徴税人は遠くに立って、目を天に上げようともせず、胸を打ちながら言った。『神様、罪人のわたしを憐れんでください。』14言っておくが、義とされて家に帰ったのは、この人であって、あのファリサイ派の人ではない。だれでも高ぶる者は低くされ、へりくだる者は高められる。」
新共同訳聖書
台風一過の秋晴れにコスモスが輝いていました。
◆今日の福音書を本田哲郎神父は「鼻持ちならない『優等生』の祈りと神の心をうごかす、『道をふみはずした者』の祈り」とタイトルをつけています。このたとえは自分を正当な信仰者と自認する人々に向けられています。道をふみはずしたとはギリシャ語の「的外れ」から来ています。神様が私たちに示された的は何でしょうか。その的を見つめつつ自己を吟味するときに、「神よ、道をふむはずした私を受け止めてください」と祈れるのでしょう。
牧師 司祭 バルナバ 前田 良彦