1イエスはある所で祈っておられた。
祈りが終わると、弟子の一人がイエスに、「主よ、ヨハネが弟子たちに教えたように、わたしたちにも祈りを教えてください」と言った。
2そこで、イエスは言われた。「祈るときには、こう言いなさい。
『父よ、
御名が崇められますように。
御国が来ますように。
3わたしたちに必要な糧を毎日与えてください、
4わたしたちの罪を赦してください、
わたしたちも自分に負い目のある人を
皆赦しますから。
わたしたちを誘惑に遭わせないでください。』」
5また、弟子たちに言われた。「あなたがたのうちのだれかに友達がいて、真夜中にその人のところに行き、次のようにいったとしよう。『友よ、パンを三つ貸してください。 6旅行中の友達がわたしのところに立ち寄ったが、何も出すものがないのです。』7すると、その人は家の中から答えるにちがいない。『面倒をかけないでください。もう戸は閉めたし、子供たちはわたしのそばで寝ています。 起きてあなたに何かをあげるわけにはいきません。』8しかし、言っておく。その人は、友達だからということで起きて何かを与えるようなことはなくても、しつように頼めば、起きて来て必要なものは何でも与えるであろう。 9そこで、わたしは言っておく。 求めなさい。そうすれば、与えられる。 探しなさい。そうすれば、見つかる。 門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。 10だれでも、求める者は受け、探す者は見つけ、門をたたく者には開かれる。 11あなたがたの中に、魚を欲しがる子供に、魚の代わりに蛇を与える父親がいるだろうか。 12また、卵を欲しがるのに、さそりを与える父親がいるだろうか。 13このように、あたたがたは悪い者でありながらも、自分の子供には良い物を与えることを知っている。まして天の父は求める者には聖霊を与えてくださる。」
新共同訳聖書
聖堂脇の菜園で夏野菜の収穫が続きます。少し小ぶりなゴーヤが夏の日差しを受けて輝いていました。
◆今日の福音書で「主の祈り」が弟子に教えられます。同時に「祈り」について示されます。その中で目を向けたいのは「しつこく」祈ることが教えられます。しつこくという言葉の語源は「恥知らず」という意味です。何と思われようと必死になるということでしょうか。決して諦めない態度で願い続ける姿勢が大事なのだと教えていらっしゃいます。困っている友人の願いを断る友人がいないように、神は求める者の祈りと願いを聞き届けないことはないのだと教えています。祈りはスマートにではなく、「恥知らず」と言われようと願い続ける、その姿勢が大事だと言われているのでしょう。
牧師 司祭 バルナバ 前田 良彦