昨年三月十一日の東日本大震災以降、聖マーガレット教会での「マーガレットチャリティコンサート」はこの八月の末に行われるコンサートで第九回目となります。チャリティという言葉をどのような日本語にすればよいのか、と悩むことも多いのです。辞典などでは「慈愛・博愛・同胞愛または慈善の精神に基づいて行われる公益的な活動・行為もしくはそれを行う組織のこと。」というような定義
が平均的でしょうか。
コリント人への第二の手紙八章四節でパウロは「慈善の業」(共同訳)について語っています。口語訳では「恵み」となっています。本田哲郎神父(フランシスコ会)は「分かち合い」(チャリティー)という訳語を当てています。「慈善」という言葉は時には素直に共感しにくい言葉の響きがあるような気がしていました。何となく上からの目線という雰囲気を持つ言葉のよう
に感じていて、好きな言葉ではありませんでした。けれども本田哲郎神父の翻訳で「分かち合い」(チャリティー)という訳語に接して「なるほど、これならわかる」という気持ちになってきました。「~のために」と「~とともに」という言葉は教会用語だけではなく、様々な働きを促すときに用いられる言葉です。
6月24日に行われた指揮者 神尾昇氏と4音楽団体による第8回チャリティコンサート
「東日本大震災被災者のために」というように用いることが多いでしょう。越山健蔵先生や中村淳先生と被災者支援について話し合ったときに「まず、現場の光景と空気に触れてほしい。出来れば共に歩むということを考えて欲しい…」と語っていました。 チャリティとは「分かち合う」働きです。ある英語の聖書には「シェア」とありました。まさに「分かち合い」です。
牧師 司祭 バルナバ 前田 良彦