チャプレン ヨナ 成成鍾 司祭
「 悲しいキャロル 」(マタイ2:13-18)
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占星術の学者たちが帰って行くと、主の天使が夢でヨセフに現れて言った。「起きて、子供とその母親を連れて、エジプトに逃げ、わたしが告げるまで、そこにとどまっていなさい。ヘロデが、この子を探し出して殺そうとしている。」
(マタイ2:13)
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「 悲しいキャロル 」
元々「歌」という意味を持つキャロル(Carol)は、中世後期にイギリスで始まった踊りのための民謡に由来します。それが宗教的な礼拝、特にキリストの復活や降誕を祝う歌として用いるようになり、今はクリスマス・キャロルに代表されています。クリスマスには楽しい・明るい・暖かい・希望などのイメージがあるので、クリスマス・キャロルにもロマンティックで心の洗われる様々なジャンルの歌があります。ところが、珍しくメロディが全体的に暗い曲調で悲しい内容のクリスマス・キャロルがあります。コヴェントリー・キャロル(Coventry Carol)と呼ばれるものです。16世紀にイギリスのコヴェントリー地域で上演された「刈り込み人と仕立屋の芝居(Pageant of the Shearmen and Tailors)」という劇の中で歌われたキャロルですが、今は様々な合唱曲版に編曲されて世界中で親しまれています。
そのコヴェントリー・キャロルは、あまり表には出ることのないクリスマスに因んだ悲しい出来事について歌っています。それは今日の福音書に記されているユダヤのヘロデ王による大規模な幼児虐殺事件です。ヘロデ王は、生まれてきたキリストを拝むために旅してきた東方の博士たちから、ベツレヘムに世の救い主が誕生するという情報を得た後、その子によって自分の地位を脅かされるのではと不安にかられました。そこでベツレヘムとその周辺一帯にいる2歳以下の男の子をことごとく殺害するよう命じたのです。ところが、ヨセフとマリアは天使からの知らせに従い、嬰児キリストとともにエジプトに避難し危機を逃れました。因みに研究によりますと、キリストの家族は言葉も文化も違う異国の地ジプトで難民生活をし、さらにヘロデ王によって送られた殺し屋から身を守るために拠点を転々と変える寄留者として過ごし、ヘロデ王が死んだ後、キリストが4歳から7歳になった頃にイスラエルに戻り、ナザレに住むようになりました。
コヴェントリー・キャロルは、歌の中に用いられている囃子詞のようなフレーズである「リュリ、リュレイ(Lully、Lullay)」という別名で呼ばれることもあります。「リュリ、リュレイ」とは、子どもを寝かせるときに歌う子守唄(lullaby)として、日本語では「ねんね、ねんね、おやすみよ」のような言葉です。ヘロデ王の兵士たちに見つからないように泣く赤ん坊をなだめる親たちの痛切な気持ちが表現されているのです。それゆえ、元々のコヴェントリー・キャロルや現代版に編曲された合唱曲を聞きますと、「リュリ、リュレイ」というフレーズは心の奥深くに沁みわたっていて、忘れられないほど残響が残るのです。
ところが、コヴェントリー・キャロルは悲しさだけを伝えているキャロルではありません。絶望的な暗闇だけでは終わらないことをキャロルのメロディは絶妙に表しているのです。メロディが全体的に暗い短調でありながら、各節の最後の部分においては悲しさだけではない雰囲気を醸し出す和音が用いられます。いわゆる「ピカルディ終止・ピカルディの三度(Picardy third)」と呼ばれる和音ですが、それが用いられることによって暗闇に一筋の光がピカッと差し込むように、暗くて悲しい曲の最後がひときわ明るいメロディに包まれて救いに導かれるようにも感じられるのです。
悲しいクリスマス・キャロルとして知られているコヴェントリー・キャロルは、歌詞の悲しさ以上のことを伝えてくれます。それは人間の営みの根源的な原理だとも言えることですが、世には光だけでも闇だけでもなく、両者が共存しているということです。キリストが生まれることによってたくさんの罪なき子どもが悪の仕業で殺されましたけれども、一方でキリストの愛の働きによってたくさんの人々が救われるのです。太陽が昇る直前の暗闇が一番深いように、絶望や悲しみが大きいときこそ光が胎内に宿っていることを信じ、希望を以て過ごす一年でありますようにお祈りいたします。
<福音書> マタイによる福音書 2章13~18節
13占星術の学者たちが帰って行くと、主の天使が夢でヨセフに現れて言った。「起きて、子供とその母親を連れて、エジプトに逃げ、わたしが告げるまで、そこにとどまっていなさい。ヘロデが、この子を探し出して殺そうとしている。」 14ヨセフは起きて、夜のうちに幼子とその母を連れてエジプトへ去り、 15ヘロデが死ぬまでそこにいた。それは、「わたしは、エジプトからわたしの子を呼び出した」と、主が預言者を通して言われていたことが実現するためであった。
16さて、ヘロデは占星術の学者たちにだまされたと知って、大いに怒った。そして、人を送り、学者たちに確かめておいた時期に基づいて、ベツレヘムとその周辺一帯にいた二歳以下の男の子を、一人残らず殺させた。 17こうして、預言者エレミヤを通して言われていたことが実現した。
18「ラマで声が聞こえた。
激しく嘆き悲しむ声だ。
ラケルは子供たちのことで泣き、
慰めてもらおうともしない、
子供たちがもういないから。」