2025年3月16日 大斎節第2主日(C年)

 

司祭 ミカエル 藤原健久

イエス様の道を行く。【ルカ13:31−35】

 「今日も明日も、悪霊を追い出し、病気を癒し、三日目に全てを終える。」これは十字架を表します。けれども同時にイエス様は言われます。「私は今日も明日も、その次の日も自分の道を進まねばならない。」これは復活を表します。イエス様は、肉体の死を経た後も、愛の道を歩まれるのです。それが、イエス様の道です。
 私たちも自分の道を歩みます。けれども本当は、イエス様の道を歩んでいるのかもしれません。イエス様を信じる私たちは、自分の道ではなくイエス様の道を歩むことを願います。そして、長年の信仰生活の中で、少しずつイエス様の道を歩むようになっているのかもしれません。
 私たちの人生が、しばしば自分の思い通りにならないのは、そのためかもしれません。自分の事だけを考える自分の道を歩んでいるのなら、私たちの人生は、自分の思い通りになるでしょう。「こうなるとは思いもしなかった。」「こんなはずではなかった。」私たちがそう思うとき、それは、私たちがイエス様の道をしっかりと歩んでいる印なのかもしれません。
 イエス様の道の先には、思いもしなかった喜びがあることでしょう。それは永遠の命です。愛の道を歩みましょう。