2023年6月25日 聖霊降臨後第4主日(A年)

 

司祭 サムエル 奥 晋一郎

「神様を畏れ敬う」

「人々を恐れてはならない。覆われているもので現されないものはなく、隠れているもので知られずに済むものはないからである。私が暗闇であなたがたに言うことを、明るみで言いなさい。耳打ちされたことを屋根の上で言い広めなさい。体は殺しても、命を殺すことのできない者どもを恐れるな。むしろ、命も体もゲヘナで滅ぼすことのできる方を恐れなさい。」 マタイによる福音書10:26−28

 「人々を恐れてはならない」とイエスさまは弟子たちに言われます。彼らはイエスさまから、悪霊を追い出す権能を与えられたとはいえ、不安でした。彼らは当時のユダヤの国の多数派であるファリサイ派の人たちに迫害をされたらどうしようと不安になり、恐れの感情をいだいてしました。イエスさまは彼らが不安な気持ちでいることを知って、彼らを励ますために、「人々を恐れてはならない」と言われました。さらに28節でイエスさまは弟子たちに「本当に恐れなければならないのはだれか」を教えます。「体は殺しても、魂を殺すことのできない者どもを恐れるな。むしろ、命も体もゲヘナ(地獄)で滅ぼすことのできる方を恐れなさい」と言われます。この言葉は聞くと、「ゲヘナ(地獄)で滅ぼす者」という言葉が出てきて、怖い言葉のように思えてきます。この箇所で、まず体を殺しても命を殺すことのできない者とは、弟子たちを迫害する人、ファリサイ派の人たちを指します。イエスさまは弟子たちに、たとえ迫害を受け、体が殺されてしまったとしても、命は滅ぼされないから安心しなさい、と言われます。続いて、イエスさまは弟子たちに「命も体もゲヘナ(地獄)で滅ぼすことのできる方を恐れなさい」、と言われます。この命も体もゲヘナ(地獄)で滅ぼすことの出来る方、それは神様です。
 本日は上記の聖句に登場する「恐れる」という言葉に注目します。この恐れるという言葉、これは元の言葉で調べますと、恐れる、恐れている、怖くなるという意味のほかに、神様を敬う、神様を畏れ敬うという意味もあります。ですから、イエスさまは弟子たちに、神様を畏れ敬う者として、安心して伝道活動を行ってほしいという励ましの言葉として上記の聖句を伝えました。
 このイエスさまが弟子たちに「人々を恐れてはいけない」、「神様のみを畏れ敬いなさい」と話された言葉、この言葉は今、現在の弟子である私たちにも言われている言葉です。わたしたちは日々の生活の中で、他の人を恐れてしまう時があるかもしれません。また、クリスチャンは日本では少数者、マイノリティーで、神様の下での平等を大切にしています。また、平和を大切にします。そのことが、現在の日本社会では受け入れてもらえないこともあるかもしれません。そのような世の中に過ごす、わたしたちに対して、イエスさまは「人々を恐れてはならない」と言われます。そして、イエスさまはわたしたちに「神様のみを畏れ敬いなさい」と言って、わたしたちを励ましてくださいます。神様がおられるから、神様があなたがたを守ってくださるから大丈夫、人を恐れず安心して、日々を過ごしなさい、とイエスさまはわたしたちに、礼拝を通して、聖書のみ言葉を通して、言ってくださっています。このことを覚え、わたしたちはこれからも、礼拝に集い、祈ることによって、不安から開放され、安心して、日々を過ごすことができればと思います。