司祭　ヤコブ　岩田光正

　今週の福音では、あるユダヤ教の指導者が登場します（ヨハネ３：１−１７）。ニコデモという長老で、彼は議会の議員で、有力者でした。イエス様は、このニコデモとの対話を通して、新しく生まれることについて教えられます。
　ニコデモは、律法を重んじ、敬虔な生活を送り、神の義を求める人であったと思われます。というのも彼はイエス様の行なわれた奇跡や教えを人伝に聞いた時、偏見でイエス様のことを異端者と決め付けませんでした。他の人たちはイエス様の奇跡を見て、｢あれは悪霊の働きだ｣と受け取りましたが、彼は、直接会って話しをするまで判断すべきではないと考えました。「もしかするとイエスという人は本当に神が遣わされたお方であり、神がダビデ王に約束された王国を支配するメシアかも知れない。」そんな期待もあり、イエス様に会いに行こうとしたのです。しかし、立場上、イエス様の弟子になろうとしていると思われたくなかったので、夜人目を避けて尋ねたのです。
　イエス様はそんな彼の心を分かっていました。律法に通じ、正しい心を持ってダビデ王朝の再建を待ち望んでいた彼に、イエス様は目に見える王国より大切な神の国について話されました。それは永遠の国であり、永遠の命を持つ者が受け継ぐという王国です。イエス様はこの王国に入るには新しく生まれなければならないと教えられます。
　さて、私たち日本人にとって、新しく生まれると聞く時、よく仏教の輪廻転生を連想します。人は死んだ後、新しいものに生まれ変わるという思想で、「あなたの前世は何々でした」と今でもいう人がいます。しかし、イエス様は、所謂、輪廻転生のような意味で教えられていません。｢人は、新たに生まれなければ、神の国を見ることはできない。｣　
　ニコデモは率直に質問します。「年をとった者がどうして生まれることができましょう。もう一度、母親の胎内に入って生まれることができるでしょうか。」そこで、イエス様は答えられます。 「だれでも水と霊とによって生まれなければ、神の国に入ることができない。 肉から生まれた者は肉である。霊から生まれた者は霊である。あなたがたは新たに生まれねばならない。」このイエス様の答えは示唆に富んだ言葉です。人は新しく生まれることができる、とはっきり言っておられます。しかも歳をとって死んでからではなく、今、生きている間に新しく生まれるというのです。
　イエス様の言葉に従えば、｢霊によって生まれる｣のです。「水と霊」と書いていますが、水は当時、洗い清めることを意味しました。罪の赦しを受け、霊によって新しく生まれるとイエス様は仰っています。とても理解しにくい言葉です。そこで、イエス様は説明を加えられています。それは目で見えるようなものではなく、風のように見えなくても風は存在しているように、霊によって新しく生まれるとはこのようなものだ。
　「風は思いのままに吹く。あなたはその音を聞いても、それがどこから来て、どこへ行くかを知らない。霊から生まれた者も皆そのとおりである。」
　霊は目には見えないが、私たちの内側に働いて新たな命に変えてくださる。イエス様はこの風を譬えに霊によって新しく生まれた者は永遠の神の国を見ることができる、そう教えられておられるのです。
ところで、このイエス様の言葉を聞いてニコデモは疑問に思います。「なぜ霊によって新しく生まれ、罪の無い者となれるのか。自分は、律法を厳しく守り、努力し、人に教えてきた。律法を守ることこそ神の国に入るために必要な事ではないか。罪人がどうして神の国に入ることができるのか？」ニコデモは答えて言います。「どうして、そのようなことがありえましょうか。」
　イエス様は、彼に言われます。「イスラエルの教師でありながら、こんなことが分からないのか」。イエス様は聖書を学んでいるなら、「霊によって生まれる」とはどういうことか理解できるだろうとイエス様は語られています。
　ここで、イエス様は、ある旧約聖書の出来事に目を向けさせます。苦難のエジプトを脱出したイスラエルの民が、荒野で食べ物も飲み物も無くなった時、モーセに不満を述べた出来事です。このイスラエルの反逆に、神様は燃える蛇を送り、彼らをさばかれたのですが、モーセの作った青銅の蛇を仰ぎ見た者だけは救われました。このとき、なぜ青銅の蛇を仰ぎ見ると救われたのかは誰にも分かりませんでした。なぜ呪われた蛇を仰ぎ見るのか？でもこの出来事は後にイエス様の十字架を予め表す出来事となったのです。「モーセが荒れ野で蛇を上げたように、人の子も上げられねばならない。」
　イエス様は、ご自分も呪われた者とおして木にかけられ、殺されなければならないと告げられたのです。そして、この十字架に架けられたイエス様を仰ぎ見る時はじめて、その人の罪は赦されるのです。だから、イエス様は、救いは律法を守ることで得られるのでなく、信仰によってのみ救われるのだ、そう教えることで、ニコデモを真理へ導こうとされたのです。
　最後、ニコデモは、イエス様に思い切って、会いに出かけ、疑問をぶつけて、信仰に導かれました。彼は後にイエス様が十字架に架けられ殺された時に、その遺体の受け取りを願い出て、厚く埋葬したと記されています。こうして彼はイエス様との出合いで、霊によって新しく生まれ変わっていったのです。