2018年11月18日     聖霊降臨後第26主日(B年)

 

司祭 マタイ 古本靖久

だから、あなたがたは気をつけていなさい。一切の事を前もって言っておく。
【マルコによる福音書13章23節】

 マルコによる福音書13章はしばしば、「小黙示録」と呼ばれます。それは書かれている内容が、「世の終わり」について言及しているからです。終末を強調している教派や教団は、この箇所を拡大理解して恐怖をあおることもあります。しかしイエス様が伝えたかったことは、果たしてどういうことなのでしょうか。
 「荒廃をもたらす忌むべきものが立ってはならない所に立つ」という意味不明な記述があったその後に、「読者は理解せよ」と書かれています。現代の日本に生きるわたしたちには、理解は難しいと思います。しかし当時のユダヤ人にとっては、「ああ、あの出来事か」と誰もが思い出すことがありました。
 紀元前168年に、その事件は起こりました。当時ユダヤはアンティオケアに支配されており、その王アンティオコス4世(通称エピファネス)はユダヤ教を禁止します。さらに彼は、エルサレム神殿にオリンピアのゼウス像を立てさせます。この出来事はユダヤ人にとって、耐えがたい屈辱でした。その後ユダヤ人はこの像のことを、「荒廃をもたらす忌むべきもの」と呼ぶようになります。ちなみにこの「忌むべきもの」は直訳では「吐き気をもよおすようなもの」ですから、その嫌悪感は相当なものだったようです。
 人々の心には、この出来事がトラウマのように残っていたのでしょう。だから「読者は理解せよ」と言われたときに、すぐに「あのような出来事のことか」と分かったのです。そしてそのような出来事が、これからも起きるとイエス様は言われます。
 終わりのときはいつなのでしょう。ダニエル書やヨハネ黙示録といった黙示文学に神さまの計画が隠されていると思い、多くの人がその謎に迫ろうとしてきました。しかし今日の箇所からもわかるように、「その日」は突然、何の前触れもなくやってくるのです。だから油断せず、福音を伝えることに忠実でいなければならないのです。
 マルコによる福音書13章は、読んでいてとても暗くなる箇所です。しかしここでイエス様は、たとえ今迫害されていたとしても、苦難の中に立たされていたとしても、耐え忍びなさい。そしていつも気をつけていなさい。なぜならあなたがたは、呼び集められるからだと言っておられるのです。
 今回の箇所が言わんとしていること、それはこのようなことではないでしょうか。「あなたがたも覚えているだろう。あの忌まわしい日のことを。終わりの日の出来事はそんなものではない。しかし恐れるな。わたしは天使を遣わして、あなたたちを集める」。その約束は今も続いているのです。
 「御国が来ますように」、イエス様に呼び集められるその日を待ち望みながら、祈り続けていきたいと思います。