2013年4月28日      復活節第5主日(C年)

 

執事 ヤコブ 岩田光正

 「さて、ユダが出て行くと、イエスは言われた」(ヨハネによる福音書第13章31節)
 ここからイエス様の所謂「告別の説教」が始まります。
 「今や、人の子は栄光を受けた。神も人の子によって栄光をお受けになった。神が人の子によって栄光をお受けになったのであれば、神も御自身によって人の子に栄光をお与えになる。しかも、すぐにお与えになる」(31〜32節)。この箇所は、「人の子讃歌」と呼ばれ、ヨハネ福音書冒頭の「ロゴス讃歌」(ヨハネ1:1〜18)に対応しています。「ロゴス讃歌」が降誕を表すとすれば、「人の子讃歌」は十字架と復活を表しています。
 「告別の説教」の最初にかたられたのが、「あなたがたに新しい掟を与える」という言葉でした。
 「あなたがたに新しい掟を与える。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい」(34節)
 「新しい掟」と言っても、「互いに愛し合わなければならない」というのは昔から当然のことに思われます。ところがどうでしょうか、互いに愛し合うことの大切さは当たり前のように知っていても、実際行うことはとても難しいものです。ここで注目したいのが、「わたしがあなたがたを愛したように」という言葉です。この言葉が新しいのです。この時点でもそうですが復活のイエス様に出会うまで、弟子たちは「互いに愛し合う」ことの真の意味を知りませんでした。しかし、後に復活のイエス様と出会い、これほどまでイエス様から愛されている自分を知ることで彼らは他者をも愛することの意味が分かったと思います、これまでは自分こそ誰よりも主に愛されたいという思いが、また十字架の後は恐れや不安が先に立ち、他者を愛せないでいました。自分のことでいっぱいでイエス様から受けている慈愛にさえ鈍感でした。私は思います、人は自分が真に愛されていると気付く時、他者をも愛することが出来るということです。
 裏切り逃げてしまった、それなのに復活された主は自分たちを責めることなくむしろ赦し、愛し続けて下さる、これほどまで大きく深い愛に気付いたのです。
 さてヨハネ福音書は、イエス様の十字架の死と復活の出来事から約70年後、著者ヨハネが属する信仰共同体の中で形成されたとされています。
 厳しい迫害など困難の多い信仰生活の中、共同体の中では意見が対立し、憎しみ合うことも多々あったことでしょう。しかし、信仰を守り抜く中で人々はいつもイエス様の臨在を信じ、また自分たちを弟子たちに重ね合わせました。イエス様の言葉は自分たちにリアリテイを持って響いたことでしょう。人々は確かに聞いたのです。イエス様があの時、弟子たちに与えられた新しい掟の言葉です。
 その結実がヨハネ福音書です。
 私たち今日の教会も日々の営みの過程で様々な出来事があり、互いに愛し合うことを忘れてしまいます。そのような時は、この言葉を思い起こしたいものです。「わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい」。復活のイエス様という光に照らされて初めて私たちも恐れから解放されて互いに愛し合うことが出来るのだと思います。