2007年5月13日  復活節第6主日 (C年)

 

司祭 セオドラ 池本則子

「わたしを愛する人は、わたしの言葉を守る」

 国民投票法案がまもなく参議院でも通過しそうです。それによって数年後には憲法が改正され、平和の象徴であった9条が改悪されることにより、日本の自衛隊は自衛軍となって正々堂々と外国で武器を使用して人を殺し、日本人も国内でテロ攻撃を受け死傷者が続発するでしょう。人の命を大切にする前に自分の命は自分で守りなさい、と誰でも銃を持つことができるようになり、まるでどこかの国のように日本もなるかもしれません。これは妄想でも何でもなく、危機意識を持っている人なら誰でも予想できる現実なのです。果たして教会は、クリスチャンは、このような今の日本の状況に対して、口を閉ざしていることができるでしょうか。

 イエス様は、「わたしを愛する人は、わたしの言葉を守る。わたしを愛さない者は、わたしの言葉を守らない」と言われました。ヨハネによる福音書に記された「言葉」の意味は、単なる話し言葉ではなく、イエス様そのものを表わしています。ですから「イエス様の言葉を守る」とは、イエス様と同じ心、同じまなざしを持ってイエス様の御跡に従うことであり、イエス様を愛する人はそのような生き方をする人です。逆にイエス様を愛さない者は、イエス様と同じ様に生きようとはしません。
 このイエス様の言葉を借りて、今の日本の状況を次のように読んでみたいと思います。「日本を愛する人は、日本の平和憲法を守る。日本を愛さない者は、日本の平和憲法を守らない」。「わたし」を「日本」に、「言葉」を「平和憲法」(当然今の憲法)に変えてみました。現行憲法は2度と戦争の悲劇を繰り返さないように、そして同じ尊い命をもった人間としてすべての人に平等の権利が与えられるように、という日本人の願いが込められています。決してアメリカから一方的に押しつけられたものではありません。そこには、「わたしは、平和をあなたがたに残し、わたしの平和を与える」と約束してくださったイエス様の平和が盛り込まれていると思います。イエス様を愛し、イエス様の言葉を守る私たちは、イエス様の平和を生きるために、何としてでもこの現行の平和憲法を守り抜きたいと思います。これは決して政治運動、政治活動ではなく、主の平和を守り、主の平和を世界に実現していくための、教会の、そしてクリスチャンの務めだと思います。

 イエス様はご自分がこの世を去った後も、弟子たちがイエス様の言葉をいつまでも守っていくことができるようにと、聖霊を与える約束をしてくださいました。今でも聖霊が私たちとイエス様、神様とをつないでくれています。それはイエス様再臨の時まで続きます。「心を騒がせるな。おびえるな。わたしは去って行くが、また、あなたがたのところへ戻って来る」。このイエス様の言葉を信じ、平和から遠い今の世界に心を騒がせることなく、おびえることなく、聖霊の力によって父なる神様、イエス様と共に平和を実現していきたいと思います。