2007年4月1日  復活前主日 (C年)


司祭 ヨシュア 柳原義之

イエスの十字架を見つめて、今あなたは何をつぶやくのですか?

 イエスが園で捕縛され裁判が始まった。イエスのもとから逃げ去る弟子たち。裁判を聞こう、見ようとして集まる人たち。イエスを心配する女性たち・・・。
 大祭司のもと、またピラトのもとで十字架の道が決定され、裸にされ、侮辱され、十字架を負い、歩き始めるイエス。周囲でこの光景を見つめる人。そこから聞こえる様々なつぶやき。
 病を癒してもらった人、慰めてもらった人、その話を聞こうと空腹も忘れて後を追った人。反対にイエスの名声に嫉妬した人、なきものにしようと心の中で思っていた人。神様について人々に解き明かすつとめにあった人、神殿で仕えていた人。そのひとり一人が様々につぶやいている。
 今年の大斎もあと少し。いよいよ聖週となった。金曜日にはイエスの受難について私たちは考える。あなたは何をつぶやくのですか?何を祈るのですか? 跪き、手を合わせ、ざんげの祈りの言葉を持って胸を打ちながら、実はイエスの十字架について背いていることはないでしょうか? 多くの人に感動を与え、心を打つような説教をし、汗をして働きながら、実はイエスの十字架に背き、一番大切にしなければならない人についての罪を認めず、今年も十字架を見上げている事はないでしょうか?
 あなたは今年何をつぶやくのですか?イエスの負っているあの重い十字架は、あなたの罪そのものなのですよ。もちろん私の罪もそこにあります。人間すべての罪の故です。でも、あなたの「あの罪」のためにイエスは十字架を背負い、あざけりの中を歩いているのですよ。
 あなたは今年、何をつぶやくのですか?