2005年4月10日  復活節第3主日 (A年)


司祭 ペテロ 浜屋憲夫

K君のこと、使徒言行録のこと

 イースターの後に続く復活節には第一朗読として使徒言行録が連続して読まれますが、この季節になると必ず思い出される思い出、私の大切な思い出があります。私には、いつまでたってもすぐ前のことのように思われるのですが、実はもう20年以上前のことになります。私が神学校の3年生の時のことでした。関本司祭の説教学の時間での出来事でした。
 説教学の時間には、必ず説教実習があります。神学校を出て20年以上もたつ今でさえ、何らかの苦痛なしに説教が書けるということは先ず無いのですが、当時の私にはこの説教実習の時間は嫌で嫌でたまらず、出来れば受けずに済ませたい授業の筆頭でした。(勿論、他にも嫌な授業は沢山あったのですが)
 私は本を読むのは子どもの時から大好きでしたが、それはあくまでも一人で本を読むという楽しみで、それを誰か他の人に伝えようという気は全く無かったのでした。また、30歳を超えてから教会に来たので、教会の説教を聞いた経験も乏しく、説教の語り口というものが全くわからず、本当に困っていたのでした。(そんな人が何故神学校になど入学したのでしょうね)
 そんな苦痛でしかなかった説教学の時間に唯一の楽しい思い出があるのです。どんな思い出なのかといいますと、その説教学の授業を一緒に受けていた同期のK君がその時間に素晴らしい説教をしたのに立ち会ったのです。その説教を「聴いた」のではなく「立ち会った」のでした。テキストは、使徒言行録2章のあの生まれ変わったペトロが突然大演説をするところです。
 その授業は、使徒言行録のペテロの演説と同じく朝の9時から始まる授業でした。集まって来た学生と先生に、K君は今日は自分の説教の実習を教室ではなく「御所」でするというのです。黒いキャソックを着けて現れたK君は手に説教の原稿とイスを持っています。K君と先生、学生達は神学校と道を挟んで反対側にある京都御所に行きました。K君は持っていたイスを御所の中の広い道のど真ん中に置いて、その上に立ち上がって大声で叫び始めました。「ユダヤの方々、またエルサレムに住むすべての人たち、知っていただきたいことがあります。わたしの言葉に耳を傾けてください。今は朝の九時ですから、この人たちは、あなたがたが考えているように、酒に酔っているのではありません・・・・・・」
 その広い御所の中の道は、朝の九時でしたが散歩をする人達が結構沢山通っていました。変な黒い服を着た人がイスの上に立ち上がって何か叫んでいる、それを取り巻いて聴いている人もいる。そんな変な光景をじろじろ見ながら散歩する人達は通り過ぎて行きました。確かに異様な光景だったでしょう。
K君がその時どんな話をしたのか全く記憶はありません。もしかしたら、使徒言行録のテキストをそのまま読んだだけだったのかも知れません。ですから、私たちはK君の説教を「聴いた」のではなく、K君の説教に「立ち会った」のです。
 しかし、あれはやはり確かに説教でした。K君の「パフォーマンス」は、やはり確かに聴いている私たちに一所懸命な「何か」を伝えてくれた説教でした。彼の「説教」が終わったあと私たちの心に「何か」が残ったのです。
 そんな思い出があるからというわけではないのですが、私は復活節の第一朗読に使徒言行録が読まれるのを聴くのがとても好きです。あの三度「イエスを知らない」と言って激しく泣いたペテロが、イエスの弟子達を迫害していたパウロが、違う人のようになって元気に語り、行動していく姿が聴く度に実に清々しく感じられます。主の御復活に預かるというのは本当にこういうことだ聴く度に思われるのです。