らくだのチョキ      主教 ステパノ 高地 敬

 

 相方が探し物をしているので一緒に探しましたが、どうしても見つかりません。ちょうどやって来たヘルパーさんが、「探し物が見つからない時は、和ばさみ(糸切はさみ)を柱などに掛けてお願いするとすぐ見つかる」と言われるので、相方がその通りにして改めて探しましたら、5秒もしない内に見つかりました。全然信用していなかったのですが、その威力にはすごいものがありました。
 ただ、それ以後は一度も試していませんので、その効き目についてはよく分かりません。偶然か、それとも、はさみを柱に掛けたりしたので気分が変わって、別のところを探したおかげではないかと思います。けれども相方は「はさみ教」と呼んでいましたので、宗旨替えはしないまでも、必要な時には「はさみ教」のにわか信徒になるかも知れません。
 自分の望みを確実に叶えてくれるものがあれば、何を置いても手に入れようとするのが人情でしょう。自分にとってとても都合のいいもの、お金や人の評価や、欲を満たしてくれるいろんなもの、そしてさまざまな力。そんな魅力的なものを私たちは心の中で神様にしてしまうことが多いようです。
 でも唯一の神様は、「あなたには、わたしをおいてほかに神があってはならない。」「主のために祭壇を造り、切り倒したアシェラ像を薪にして、焼き尽くす献げ物としてささげよ。「(士師記6:26)」と、他の神様は絶対だめだよと言われます。本当の神様ではないし、人間の都合のために作り出したような神様だし、唯一の神様のように永遠に変わらないものでもありません。だからそんなものに頼ってないで、唯一の神様を信頼したいと思います。でも、探し物がすぐに見つかることが最優先なら、やっぱり「はさみ教」に限るでしょうか。

(教区主教)