わすれっぽいらくだ                 主教 ステパノ 高地 敬


 もともと記憶力が弱くて、私は言葉も人の名前も簡単には覚えられません。気合を入れれば覚えられることがありますから、気合の入れ方が足りないのだと思います。
 うちで私が祭服の話を始めると、相方は寝てしまうか寝たふりをするので祭服の名前はほとんど知らないはずなのですが、合羽みたいな祭服のことをちゃんと「コープ」と言っているので、「よう知ってるなぁ」と言うと、「生協と一緒やろ。」なるほど、そういう覚え方があるのか。
 ウイリアムス神学館の一年生のギリシャ語の授業で、「血」と言う意味の「ハイマ」という単語が新しく出た時、北海道の某神学生が、「ハイマッち」と言ってくださったので、全員がこの単語を簡単に覚えられたと思います。
 こんなふうに何でも覚えることができればと思うのですが、単語ではなく何かのアイデアなどではそうもいきません。つい一分前に考えていたことがなんだったか思い出せないことがよくあります。大事なことを考えていたはずなのに、他のことに気を取られた瞬間に忘れてしまうのです。夜中に思いついたことなど、大事なことだから絶対忘れないと思っても、朝には必ず忘れています。
 神様は人間に多くのことを記憶する力を与えてくださいました。また、覚えてばかりだと大変なので、忘れる能力も与えてくださったようです。ですから、人間が一番大事なことでもすぐに忘れることも良く知っておられて、そのために礼拝というしくみをくださったのだろうと思います。大事なことを忘れないための気合いもいらないし、礼拝ではいろんなことを思い出すことができます。でも、礼拝するのを忘れたら、、、。思い出すきっかけを別に神様がくださるでしょうか。

(教区主教)