バルナバ栄一の『「信仰・希望・愛」の展開の物語』 第三部・その1 (1)
「信仰・希望・愛」の展開の物語
第三部 パウロの福音活動と福音記者たちの「福音書伝道」及び 「福音 と福音書」
第二部で「マルコによる福音書」に書かれたイエ ス伝承のごく一部から、イエスの「神の国」宣教のご意図を窺いました。更に他の弟子たち、マタイ・ルカ・ヨ ハネによる福音書と、ルカの「使徒言行録」があります。発行された目的意識や時期と活動の所在地によって、 当然ながら内容にかなりの相違はあるのですが、各福音書がそろって力を尽くして宣べ伝えているのは、イエス の受難―十字架―とキリストの復活の告知です。今回ここに取り上げたいのは、各福音書と、パウロの福音活動 との関係です。パウロは西暦62年頃?、ローマで殉教の死を遂げたようですが、それまでに7通の手紙を各地 の信徒たちに書いております。また1世紀末前後までにパウロを知る人たちや弟子たちが、パウロの名で6通の 手紙を書いています。その手紙の内容をおそらく各福音書の編集者は知っていたでしょう。たとえばマルコはパ ウロと一緒に伝道旅行をしましたし、ローマでは牢獄に入っているパウロの近くにいました。ルカはパウロの言 葉に打たれその言葉に賛同しながら、2世紀初めころ異端者と断定された、熱烈なパウロ主義者マルキオンへの 反論にパウロの手紙の内容を用いました。ヨハネ共同体はパウロが成立させた集会と同じ街エフェソを同時期に 根拠地としましたので、全然行き来がなかったとは考えられません。だからパウロの強烈な回心経験から生まれ た、強い信仰心、理路整然とした文脈などが、福音記者たちに影響を及ぼさなかったとは考えられない。しかし 「福音」と云う言葉はパウロに始まったわけではない。イエスの復活後、イエスのご生涯そのものが福音だとい う事が、弟子たちに確信されて、福音書と名付けられた書物が生まれたのですから。パウロの伝道相手への手紙 類は当然、各福音書の編集者に読まれて参考にされていたことでしょう。それでも福音書の創作は当然、編集を したマルコ・マタイ・ルカ・ヨハネの責任と功績です。
イエスの復活後、エルサレムのキリスト信仰共同 体は、ユダヤ教徒からの迫害の中で、ユダヤ人への伝道活動から次第に、異邦人伝道と云う目的に向かって方向 づけられて行くようになります。そしてパウロも、ユダヤ人に対するキリスト伝道の志を捨てたわけではありま せんが、神からの召命によって対象が殆ど異邦人となり、異邦人への伝道を主な目的とするわけで、代表的な使 徒ペテロもまた、パウロと同じような伝道経験 ――すなわち聖霊による異邦人伝道を、使徒言行録に記載され ています。さてこれからパウロの福音活動をご報告しようと思うわけですが、彼の活動を示す手紙類の内容が、 あまりに広範なので、その一端、成るべく『さわり』を探して記するようなことになります。
その前に、
1、イエスの「神の国宣教」と使徒たち の福音伝道の異同について一言。――イエスが「神の国」 について弟子たちを始め、ユダヤの人々に説かれたのは「神の支配はわたしの中に来ているから、わたしを見習って神の愛のみ心に沿って生きなさい。そのように人間がお互いに 助け合って平和に生きる世界が『神の国』なのだよ」と自分の生き方を示された。
1、弟子たちは 《神がイエス・キリストの生涯の出来事、特に十字架の死と復活のキリストによって、私たち 人間の救いを成し遂げられた》、そのことが福音なのだと悟って、キリスト・イエスの出来事(福音)を告知す るようになるのです。
2、またエルサレムで五旬節最後の日にあった,使徒たちや信徒たちへの聖霊降臨と、ダマスコ途上でのパウロ への聖霊降臨(と云ってよいかどうか?)いや、生けるキリスト・イエスから下された、パウロへの召命《使徒 言行録やパウロ書簡を参照してください》、それが聖書に記載されている事実であることを、ご確認願います。
バルナバ栄一の『「信仰・希望・愛」の展開の物 語』
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