バルナバ栄一の「聖書談話」(マルコによる福音書D) (3)
実はイスラエルの民達は、イエス出現の前頃から二重の意味で「メシア待望」=「神のご支配」を待望していました。一つはローマを初めとする外国からの支配を脱したいと言う希望、一つは律法宗教の呪縛からの解放(つまり律法世界に生きる事が出来ないという差別世界に属している貧しい人々がいること)。神の支配はそれらの解放を実現するものですから、良い知らせ(福音)であり、悔い改めて神様の方を振り向いて信じさえすれば救われるのですから、当時のイスラエルに対して、今イエスを通して「神の支配に身を任せなさい」と言っておられるのです。さて神の支配に身を任せるとは、神様にそっぽを向くことではありません。神の方に向く、常に注意を向ける事です。それが「悔い改める」と云うことです。そして「福音を信ぜよ」、「神の国」と言う終末がイエスの中に来ていること、つまり私たちの救いが今や「イエスを信じる」と言う目の前の事になっている、その事を信ぜよ、と私たちに云っておられるのです。何故イエスは、バプテスマのヨハネが行ったガリラヤで伝道し始められたか。ヨハネが関係したガリラヤの領主ヘロデと王妃ヘロデヤとの問題は、マルコ6章14節を読めば分かります。イエスはその領主ヘロデの権威に反抗する為にガリラヤに行かれたわけではありません。ガリラヤがイエスの故郷だからと言うわけでもありません。故郷であるガリラヤはイエスを容れなかったのです。しかし、まさにここ、ガリラヤで、ヨハネを超えて、根本的に「福音」を宣べ始められたのです。神を信じる事の本質は、「わたしについて来ることだ」と宣言されたのです。
四人の漁師を弟子にする箇所で気がつくのは、この四人は漁師であって学識もなく、綿密な思考力にも乏しく、どちらかと云うと粗雑な、然しそれだけに素直な所がとりえの人々だったと云うことです。然しシモン・ペテロのように既に一家をなして生計を立てねばならぬ人、またヤコブとその兄弟ヨハネのように父と共に働いていた人が父を顧りみずに、すぐに、イエスの後ろについて行ったと言う事が、腑に落ちませんでした。でも彼らは召されたのです。勿論イエスの権威と魅力には抵抗できなかったのでしょう。現在の或る研究者はこう語っています。福音記者マルコは、救い主・復活者キリストの働きを見ているのだと。イエスの復活後とこの召命の時が二重写しになっているから、「すぐ」を使ったのは当然だと。人間のなす業なら、熟慮断行という言葉が使われるべきですが、主からの召命の呼びかけには、召される事が恵みであるばかりか、答えることも恵みだからです。意味は後から分かってくるのです。この解説(渡辺信夫師著「マルコ福音書講解」)を読んで、私は過去の行動の一つを、肯定する事が出来るようになりました。私が小児科教室で6年間の小児科医師としての訓練を受け、医療に携わる力を頂きながら、乳児院への就職を選んだ事は、召命を自分で選んだ・・・神様からの召命であるかどうかを考えることなく・・・と後で悔やんでいたのはいらぬ事で、私が教授の質問に間髪をいれず、国立岡山病院小児科医長を棄てて、「乳児院へ行く」答えたのは、召命の主が現実に傍らに立って呼びかけて下さっていたのだ、と受け取れるようになって来ました。これは私の今の感想です。
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