第六編 長崎時代(上)

第六編 長崎時代 (上)

一、ウイリアムス師の來任

 一千八百五十九(ねん)(ぐわつ)下旬(げじゆん)()帝國(ていこく)長崎(ながさき)港内(かうない)に、米國(べいこく)軍艦(ぐんかん)ゼルマントンが投錨(とうべう)した。數日(すうじつ)(のち)同艦(どうかん)より一(くわん)聖書(せいしよ)()にして、上陸(じやうりく)したる碧眼(へきがん)美髯(びぜん)少壯(せうさう)聖徒(せいと)があつた。(かれ)基督(きりすと)深愛大慈(しんあいだいぢ)()られ、雄心(ゆうしん)勃勃(ぼつぼつ)異境(いきやう)傳道(でんだう)(ねん)(きん)ずる(あた)はず、(その)剛毅(がうき)不撓(ふたう)英魂(えいこん)温容(をんよう)(うち)(つゝ)み、福音(ふくいん)宣傳(せんでん)大命(たいめい)奉戴(ほうたい)して、終生(しゆうせい)此國(このくに)(けん)ずべく(きた)つた。(これ)ぞ、我等(われら)敬愛(けいあい)する()監督(かんとく)、チヤニング、ムーア、ウイリアムス()である。
 ()長崎(ながさき)上陸(じやうりく)()は、遺憾(ゐかん)ながら(あきら)かでない。リギンス()書信(しよしん)には、「()は、ゼルマントン艦長(かんちやう)厚意(かうい)により、同艦(どうかん)(じよう)じて上海(しやんはい)出立(しゆつたつ)し、七(ぐわつ)初旬(しよじゆん)()(もと)(きた)れり」とある。()(かく)()上陸(じやうりく)()安政(あんせい)(ねん)(ぐわつ)にして、幕府(ばくふ)前年(ぜんねん)安政(あんせい)(ねん)調印(てういん)したる條約(でうやく)明文(めいぶん)(したが)ひ、(べい)()(らん)(えい)(ふつ)の五(こく)(ため)に、神奈川(かながは)橫濱(よこはま)箱館(はこだて)長崎(ながさき)の三(かう)(ひら)き、(その)外交官(ぐわいかうくわん)駐在(ちゆうざい)江戸(えど)(ゆる)(こと)實行(じつかう)したる()(安政六年六月二日 千八百五十九年七月四日)の前後(ぜんご)であつた。

二、當時我國の状態

 當時(たうじ)我國(わがくに)過激(くわげき)なる攘夷(じやうい)(ねつ)(さかん)()()つた(とき)であつた。()我國(わがくに)尊内(そんない)卑下(ひげ)精神(せいしん)()て、外人(ぐわいじん)拒絶(きよぜつ)するや(その)由來(ゆらい)(ひさ)しいものである。德川(とくがは)政府(せいふ)(げん)外人(ぐわいじん)との交際(かうさい)(きん)じ、(これ)(おか)(もの)重刑(ぢゆうけい)(しよ)し、(とく)文政(ぶんせい)年間(ねんかん)異國(いこく)(せん)打拂(うちはらひ)攘夷(じやうい)(れい)國内(こくない)布告(ふこく)し、外人(ぐわいじん)憎惡(ぞうを)(ねん)養成(やうせい)し、(ひさ)しく(この)氣風(きふう)(やしな)(きた)りしを()て、癸丑甲寅の(さい)は、上下(じやうげ)議論(ぎろん)(みな)攘夷(じやうい)(かたむ)き、夷賊(いぞく)傲慢(がうまん)無禮(ぶれい)神州(しんしう)汚辱(をじゆく)す、()膺懲(ようちよう)(てん)()げざる()けんやとて、理由(りいう)()斷然(だんぜん)砲火(はうくわ)()打拂(うちはら)ふべしとは、攘夷家(じやういか)(くち)にする(ところ)であつた。
(しか)るに、(みづか)外交(ぐわいかう)(きん)じたる幕府(ばくふ)は、目下(もくか)兵備(へいび)(まつた)からざるを()て、一()權道(けんだう)(より)和約(わやく)したるのみ、兵備(へいび)(とゝの)(その)(まつた)きに(いた)らば、攘夷(じやうい)目的(もくてき)(たつ)すべしとの口實(こうじつ)()て、米國(べいこく)和親(わしん)條約(でうやく)締結(ていけつ)し、爾來(じらい)數年間(すうねんかん)表面上(へうめんじやう)には兵備(へいび)(こと)令達(れいたつ)したれども、外國(ぐわいこく)強請(きやうせい)()ひ、(かつ)實地(じつち)應接(おうせつ)によりて、到底(たうてい)開國(かいこく)()()からず、攘夷(じやうい)(おこな)()からざるを(さと)り、(つひ)安政(あんせい)(ねん)外國(ぐわいこく)使臣(ししん)出府(しゆつぷ)登城(とじやう)拜謁(はいえつ)和親(わしん)貿易(ぼうえき)條約(でうやく)取結(とりむず)ぶに(いた)りしかば、天下(てんか)紛々(ふんふん)幕府(ばくふ)外夷(ぐわいい)(くつ)するを(なん)ずる(こゑ)(はう)(おこ)り、攘夷家(じやういか)氣焔(きえん)益々(ますます)激烈(げきれつ)になつた。
(すで)にして安政(あんせい)(ねん)(ぐわつ)井伊(ゐい)掃部頭(かもんのかみ)大老職(たいらうしよく)()くや、(しよ)強藩(きやうはん)有志者(いうししや)(のぞみ)(しよく)したる一橋(ひとつばし)(きやう)退(しりぞ)け、紀州家(きしうけ)養君(やうくん)()て、天下(てんか)人士(じんし)をして愈々(いよいよ)攘夷(じやうい)實行(じつかう)(のぞみ)()つに(いた)らしめ、(さら)(よく)(ねん)(ぐわつ)勅許(ちよくきよ)()ずして、專斷(せんだん)()條約(でうやく)調印(てういん)し、宿次(しゆくじ)奉書(ほうしよ)()(これ)上奏(じやうそう)するや、天下(てんか)志士(しし)切齒(せつし)悲憤(ひふん)(たう)(ひつさ)げて蹶起(けつき)した。
(この)(とき)よりして攘夷(じやうい)(ろん)は、益々(ますます)尊王(そんわう)(ろん)聯貫(れんくわん)し、尊攘(そんじやう)大義(たいぎ)(なづ)けたる旌旗(せいき)樹立(じゆりつ)し、頑冥(ぐわんめい)無謀(むぼう)尊攘(そんじやう)()は、安政(あんせい)(ねん)(なつ)(いた)りては、(つひ)腕力(わんりよく)(もつ)攘夷(じやうい)實行(じつかう)し、(いやしく)尊攘(そんじやう)(ため)なりと()へば、何等(なんら)粗暴(そぼう)(はばかり)なく(これ)擧行(きよかう)した。(かく)(ごと)きが(ゆゑ)に、人心(じんしん)恟々(きようきよう)として(やすん)せず、外國人(ぐわいこくじん)敵視(てきし)して往々(わうわう)殺害(さつがい)(くは)へ、襲撃(しふげき)(はか)ること(しきり)であつた。
(こゝろみ)(その)一二を(あぐ)れば、()安政(あんせい)(ねん)(ぐわつ)橫濱(よこはま)にて、魯國(ろこく)海軍(かいぐん)士官(しくわん)(にん)暗殺(あんさつ)し、(その)(よく)萬延(まんえん)元年(ぐわんねん)正月(しやうぐわつ)高輪(たかなわ)東禪寺(とうぜんじ)なる英國(えいこく)公使館(こうしくわん)にて、同館(どうくわん)使丁(してい)傳吉(でんきち)殺害(さつがい)し、同年(どうねん)十二(ぐわつ)赤羽(あかばね)にて、米國(べいこく)公使館(こうしくわん)書記(しよき)ヒユースケンを暗殺(あんさつ)したるを(はじめ)とし、(あるひ)公使(こうし)()(みち)(えう)して無禮(ぶれい)(くは)へ、(つひ)同年(どうねん)(おい)ては、水戸(みと)浪士(らうし)橫濱(よこはま)襲撃(しふげき)せんと(はか)り、其他(そのほか)橫濱(よこはま)江戸(えど)(おい)て、外國人(ぐわいこくじん)(むかつ)種々(しゆじゆ)害惡(がいあく)(くは)へたるは枚擧(まいきよ)(いとま)がない。
(はて)文久(ぶんきう)元年(ぐわんねん)(ぐわつ)廿八(にち)()には、(すう)(にん)浮浪(ふらう)は、英國(えいこく)公使館(こうしくわん)夜撃(ようち)するに(いた)つた。(これ)()幕府(ばくふ)外交上(ぐわいかうじやう)危殆(きたい)急刻(きふこく)(あひだ)(せま)るが(ごと)(こと)は、(けつ)して一兩度(りやうど)にして(とゞ)まらなかつた。安藤(あんどう)閣老(かくらう)(むし)老中(らうちう)(ころ)將軍家(しやうぐんけ)(しい)して内亂(ないらん)(かも)すとも、外國人(ぐわいこくじん)(ころ)して外難(ぐわいなん)()(こと)(やすめ)よと嘆息(たんそく)したるは、(すなは)當時(たうじ)(こと)にして、(もつ)てウイリアムス()來任(らいにん)前後(ぜんご)()國情(こくじやう)(さつ)すべきである。

三、德川幕府の敎徒迫害

 (さら)當時(たうじ)幕府(ばくふ)基督敎(きりすとけう)(たい)する政策(せいさく)()るに、(じつ)峻嚴(しゆんげん)(きは)めた。抑々(そもそも)德川(とくがは)幕府(ばくふ)家康(いへやす)當初(たうしよ)より、秀吉(ひでよし)政略(せいりやく)繼承(けいしよう)して、基督敎(きりすとけう)杜絶(とぜつ)する方針(はうしん)()(きた)りしが、島原(しまばら)亂後(らんご)は、(とく)禁令(きんれい)嚴重(げんぢゆう)にし、諸大名(しよだいみやう)領内(りやうない)敎徒(けうと)退治(たいぢ)(およ)大船(おほぶね)禁止(きんし)(こと)(れい)し、南蠻(なんばん)諸國(しよこく)通交(つうかう)(まつた)禁絶(きんぜつ)し、(もつ)基督敎(きりすとけう)痕跡(こんせき)盡滅(じんめつ)せんと(つと)めた。
されば島原(しまばら)(らん)以後(いご)諸國(しよこく)殘存(ざんそん)したる敎徒(けうと)(とら)へ、慘刑(ざんけい)(しよ)する(こと)(しき)りであつた。寬永(くわんえい)十五(ねん)十二(ぐわつ)江戸(えど)芝口(しばぐち)(おい)敎徒(けうと)七十三(にん)(とら)烙殺(らくさつ)水殺(すゐさつ)慘刑(さんけい)(しよ)し、(どう)十七(ねん)四谷(よつや)近郊(きんかう)(おい)敎徒(けうと)餘人(よにん)(とら)斬罪(ざんざい)梟首(けうしゆ)し、(また)品川(しながは)(おい)て七十餘人(よにん)水刑(すゐけい)(しよ)した。慶安(けいあん)(ねん)江戸(えど)小日向(こひなた)牢獄(らうごく)(つく)る、石垣(いしがき)(じやう)(しやく)(はう)四十三(げん)(へい)(たか)さ一(じやう)(しやく)其上(そのうへ)に八(すん)鐵釘(てつくぎ)()(みな)(かたな)あり、(うち)()けて(これ)(めぐ)らし、外圍(ぐわいゐ)提墻(ていしよう)(もつ)てす。
()所謂(いはゆる)切支丹(きりしたん)屋敷(やしき)である。爾後(じご)諸國(しよこく)にて(とら)へたる敎徒(けうと)を、此處(こゝ)幽閉(ゆうへい)(あるひ)拷問(がうもん)處刑(しよけい)埋葬(まいさう)場所(ばしよ)となした。正保(しやうほ)元年(ぐわんねん)長崎(ながさき)西阪(せいはん)(おい)敎徒(けうと)(にん)穴釣(あなつり)(うへ)梟首(げうしゆ)し、明暦(めいれき)(ねん)大村(おおむら)(おい)て、百十九(にん)穴釣(あなつり)(うへ)斬首(ざんしゆ)し、二十五(にん)永禁錮(えいきんこ)(しよ)し、百九十(にん)數藩(すうはん)()して梟首(げうしゆ)せしめた。
萬治(まんぢ)元年(ぐわんねん)大村(おほむら)管下(くわんか)(おい)敎徒(けうと)六百三(にん)(とら)へて處刑(しよけい)し、延寶(えんぽう)(ねん)岡本(おかもと)右衞門(ゑもん)(しもべ)角内(かくない)館林藩(たてばやしはん)齋藤(さいとう)賴母(たのも)組子(くみこ)新兵衞(しんべゑ)(ごく)(くだ)し、翌年(よくねん)(けい)(しよ)した。また武藏(むさし)府中(ふちう)敎徒(けうと)城之進(じやうのしん)なる(もの)(とら)へ、拷問(がうもん)せしも(くつ)せず、(つひ)(けい)(しよ)した。()くも幕府(ばくふ)禁敎(きんけう)處置(しよち)嚴重(げんぢゆう)なりしにも(かゝは)らず、()文政(ぶんせい)年間(ねんかん)まで敎徒(けうと)(まつた)其跡(そのあと)(たゝ)なかった。
文政(ぶんせい)十二(ねん)十二(ぐわつ)京都(きやうと)(ひそか)天主敎(てんしゆけう)(ほう)ずる(もの)あること發覺(はつかく)し、其徒(そのと)數人(すうにん)(とら)へられ、大阪(おおさか)にても橋本(はしもと)宗吾(そうご)なる(もの)(とら)へられ、(とも)(けい)(しよ)せられた。(ここ)(おい)(やうや)基督(きりすと)敎徒(けうと)全滅(ぜんめつ)状態(じやうたい)となつた。()かも幕府(ばくふ)禁敎(きんけう)嚴令(げんれい)依然(いぜん)として(かは)らず、『(みぎ)宗門(しうもん)()()(いよいよ)可被遂御穿鑿(ごせんさくをとげらるべき)[#返り点省略]之()(でう)銘々(めいめい)無油斷(ゆだんなく)相改(あひあらため)自然(しぜん)疑敷(うたがはしき)もの有之(これあら)ば、早々(さうさう)其筋(そのすぢ)可申出(まをしいづべく)(しな)(より)御褒美(ごほうび)被下(くだされ)其者(そのもの)より(あだ)をなさゞる(やう)可被仰付(おほせつけらるべく)(そろ)(もし)見聞(みきゝ)(および)ながら隱置(かくしおき)他所(よそ)より(あら)はるゝに(おい)ては其所(そこ)者迄(ものまで)罪科(ざいくわ)可被行(おこなはせらるべく)(そろ)』と嚴達(げんたつ)した。

四、禁敎の法令

 當時(たうじ)(おこな)はれたる禁敎(きんけう)法令(はふれい)は、()諸國(しよこく)各地(かくち)に、切支丹(きりしたん)邪宗門(じやしうもん)()是迄(これまで)(とほ)(かた)禁制(きんせい)(こと)、てふ高札(かうさつ)(かゝ)げて(もつ)禁令(きんれい)(げん)なるを(しめ)し、士民(しみん)(ぱん)には年々(ねんねん)宗旨(しうし)證文(しようもん)(しよう)するものを其筋(そのすぢ)差出(さしだ)し、切支丹(きりしたん)邪宗門(じやしうもん)(あらざ)(こと)誓約(せいやく)せしめた。
宗旨(しうし)證文(しようもん)文體(ぶんたい)地方(ちはう)により(ことな)(ところ)があつたが、長崎(ながさき)(おこな)はれたる宗旨(しうし)證文(しようもん)()(ごと)し。

私儀(わたくしぎ)元來(ぐわんらい)何宗(なにしう)にて御座候(ござそろ)切支丹(きりしたん)宗門(しうもん)にては無御座候(ござなくそろ)我等(われら)妻子(さいし)召使者(めしつかふもの)(まで)切支丹(きりしたん)宗門(しうもん)(にん)無御座候(ござなくそろ)(もし)後日(ごじつ)切支丹(きりしたん)相成(あひなり)候由(そろよし)被聞召候(きこしめされそふら)はゞ、親子(をやこ)兄弟(きやうだい)(まで)如何樣(いかやう)(とも)可被仰付(おほせつけらるべく)(そろ)爲後日(ごじつのため)如此(かくのごとくに)御座候(ござそろ)以上(いじやう)

(また)町年寄(まちどしより)行事(ぎやうじ)組頭等(くみがしらとう)よりも

町内(ちやうない)切支丹(きりしたん)宗門(しうもん)(もの)(にん)無御座候(ござなくそろ)自然(しぜん)切支丹(きりしたん)(また)不審(ふしん)(なる)()御座(ござ)(そふら)はゞ、早速(さつそく)可申上(まをしあぐべく)(そろ)()隱置(かくしおき)(わき)より(あら)はれ於申(まをすにおいて)は、私共(わたくしども)如何樣(いかやう)曲事(きよくじ)被爲仰付(おほせつけられ)(そろ)とも、(すこし)違背(ゐはい)申上(まをしあげ)(そろ)間敷(まじく)(そろ)爲後日(ごじつのため)以連判(れんぱんをもつて)手形(てがた)差上(さしあげ)仕置(つかまつりおき)申候(まをしそろ)

との證書(しようしよ)奉行(ぶぎやう)差出(さしだ)すのが(れい)であつた。
()切支丹(きりしたん)訴人(そにん)(たい)賞金(しやうきん)(あた)ふる()法令(はふれい)があつた、

切支丹(きりしたん)宗門(しうもん)累年(るゐねん)御制禁(ごせいきん)たり、自然(しぜん)不審(ふしん)なるもの有之者(これあらば)申出(まをしい)づべし御褒美(ごほうび)として

ばてれんの訴人(そにん)  (ぎん)五百(まい)
いるまんの訴人(そにん)  (ぎん)三百(まい)
(たち)かへり(もの)訴人(そにん)  (ぎん)三百(まい)
同宿(どうしゆく)(ならびに)宗門(しうもん)(ぞく)訴人(そにん)  (ぎん)(まい)

右之通(みぎのとほり)可被下(くださるべく)たとひ同宿(どうしゆく)宗門(しうもん)(うち)たりと(いへ)ども、訴人(そにん)(いづ)(もの)(しな)により(ぎん)五百(まい)可被下(くださるべく)(これ)をかくし()()より(あら)はるゝに(おい)ては、其所(そこ)名主(なぬし)(ならび)に五人組(にんぐみ)(まで)、一類共(るゐとも)可處罪科(ざいくわにしよせらるべき)者也(ものなり)(よつて)下知(げぢ)件如(くだんのごとし)

日本(にほん)(だい)一の新敎(しんけう)宣敎師(せんけうし)が、來任(らいにん)したる當時(たうじ)日本(にほん)は、(かく)(ごと)攘夷熱(じやういねつ)激烈(げきれつ)にして殺伐(さつばつ)()()ち、彼等(かれら)宣傳(せんでん)せんとする基督敎(きりすとけう)(たい)しては、幕府(ばくふ)禁令(きんれい)(かく)(ごと)嚴重(げんぢう)であつた。

五、日本に來る宣敎師の資格  

 されば千八百六十(ねん)萬延(まんえん)元年(ぐわんねん)來任(らいにん)(よく)(ねん)に、ウイリアムス()書簡(しよかん)の一(せつ)(いは)

前略(ぜんりやく) 監督(かんとく)ブーン()よりの來翰(らいかん)によれば、同師(どうし)小生(せうせい)要求(えうきう)(おう)じて、(いま)(にん)宣敎師(せんけうし)日本(にほん)()めに(おく)られんことを請求(せいきう)(いた)されし(よし)御座候(ござそろ)何卒(なにとぞ)外國(ぐわいこく)傅道(でんだう)委員(ゐゐん)(おい)ても(この)(こひ)()れ、適當(てきたう)()(この)任務(にんむ)()めに發見(はつけん)せられんことを希望(きばう)仕候(つかまつりそろ)小生(せうせい)(さき)にブーン監督(かんとく)への書簡中(しよかんちゆう)にも(まをし)述候(のべそろ)(とほ)り、(この)任務(にんむ)(あた)るの()は、學識(がくしき)ある熟練(じゆくれん)()にして、聖書(せいしよ)飜譯(ほんやく)(ならび)類書(るゐしよ)編纂(へんさん)助力(じよりよく)(あた)(ひと)たるべぐ(そろ)
乍去(さりながら)、そは(ゆゐ)(もし)くは最重要(さいぢゆうえう)資格(しかく)にては無之候(これなくそろ)(だい)(この)(にん)(あた)るの()は、胸宇濶達(きよううくわつたつ)にして(おのづか)()すること貞潔(ていけつ)(ふか)(あつ)(しゆ)耶蘇(いへす)(あい)し、(ならび)(しゆ)(これ)(すく)はんが()めに()(たま)ひし人類(じんるゐ)(れい)(あい)する(ひと)たること(もつと)肝要(かんえう)御座候(ござそろ)()其人(そのひと)堅忍(けんにん)耐久(たいきう)(とく)(いう)し、(かみ)御心(みこゝろ)(かな)(とき)(おい)て、(この)日本(にほん)不朽(ふきふ)福音(ふくゐん)宣傅(せんでん)するの門戸(もんこ)開放(かいはう)(たま)ふに(いた)(まで)失望(しつぼう)落膽(らくたん)することなく、(しづか)(はたら)きを(つゞ)()(ひと)たるを(えう)(そろ)
其人(そのひと)()謹嚴(きんげん)にして判斷(はんだん)明碓(めいかく)(ひと)たるを(えう)(そろ)熱心(ねつしん)なれども智識(ちしき)()きて、(みだ)りに輕擧(けいきよ)躁急(さうきふ)(こと)とするの()は、(かへ)つて()(はたら)きの進歩(しんぽ)(さまた)げたるべく(そろ)支那(しな)(おい)ては政府(せいふ)權力(けんりよく)薄弱(はくじやく)にして、官憲(くわんけん)外國(ぐわいこく)條約(でうやく)條項(でうこう)符合(ふがふ)せざる事柄(ことがら)をも、等閑(とうかん)()すること(おほ)有之(これあり)候得共(さふらえども)日本(にほん)(おい)ては事情(じじやう)(おほひ)(ことな)り、政府(せいふ)權力(けんりよく)強大(きやうだい)にして(いやしく)條約(でうやく)明文(めいぶん)違背(ゐはい)する事柄(ことがら)は、(けつ)して看過(かんくわ)すること御座(ござ)なく(そろ)(かつ)(また)彼等(かれら)日本(にほん)官憲(くわんけん)(とく)疑心(ぎしん)(ふか)く、宗敎(しうけう)のために()さるゝ(あるひ)宣傅(せんでん)(しや)()りて()さるゝ事柄(ことがら)(たい)し、(とく)疑心(ぎしん)(もつ)(のぞ)次第(しだい)にして、()(とく)注意(ちうい)すべき(こと)御座候(ござそろ)
只今(たゞいま)(ところ)にては公然(こうぜん)宣敎(せんけう)事業(じげふ)從事(じふじ)するを(ゆる)さるべき見込(みこも)は、差當(さしあた)御座(ござ)なく(そろ)()き、()がミツシヨンは當分(たうぶん)(しづか)()つの(ほか)無之候(これなくそろ)乍併(しかしながら)(いま)日本(にほん)特派(とくは)大使(たいし)は、()合衆國(がつしゆうこく)訪問(はうもん)(ちゆう)なれば、此事(このこと)よりして幾分(いくぶん)希望(きばう)(いだ)()べく、(また)此事(このこと)()敎會(けうかい)人々(ひとびと)をして、此國(このくに)()めに一(さう)熱心(ねつしん)なる祈禱(きたう)(うなが)すの結果(けつくわ)(しやう)すべく、(しかう)して(この)祈禱(きたう)によりて(かみ)(めぐ)みは(かな)らず(くだ)(きた)ることゝ存候(ぞんじそろ)
(なほ)(また)日本人民(にほんじんみん)(うち)には、將來(しやうらい)日本(にほん)傅道(でんだう)成功(せいこう)()めに人意(じんい)(つよ)からしむべき事情(じじやう)(おほ)有之候(これありそろ)彼等(かれら)人民(じんみん)品性中(ひんせいちゆう)には一()彼等(かれら)治者(ぢしや)が、(きづ)きたる墻壁(しようへき)撤去(てつきよ)せらるゝ(あかつき)には、駸々(しんしん)として基督敎(きりすとけう)公布(こうふ)せられ()べき素質(そしつ)歴然(れきぜん)(そん)居候(をりそろ)現今(げんこん)當地(たうち)(おい)ては郵便局(いうびんきよく)出張所(しゆつちやうしよ)(もう)けられ(そろ)(つき)き、長崎(ながさき)()てゝ(おく)らるゝ書翰(しよかん)(みな)安全(あんぜん)到着(たうちやく)致候(いたしそろ)』。

六、傅道の困難  

 千八百六十一(ねん)文久元年(ぶんきうぐわんねん))六(ぐわつ)十一(にち)(づき)にて、本國(ほんごく)(いた)したる書簡中(しよかんちう)()當時(たうじ)傳道(でんだう)困難(こんなん)記述(きじゆつ)して(いは)く、

現今(げんこん)にて宣敎(せんけう)(てき)(はたら)きの何等(なんら)御報告(ごはうこく)(いた)すべきもの無之候(これなくそろ)(つき)貴下(きか)よりの手紙(てがみ)()くることも、(また)小生(せうせい)より手紙(てがみ)差上(さしあ)ぐるも(とも)不滿足(ふまんぞく)存候(ぞんじそろ)小生(せうせい)は二三の信用(しんよう)すべき日本人(にほんじん)に、聖書(せいしよ)(および)類書(るゐしよ)(あた)へ、幾分(いくぶん)宗敎上(しうけうじやう)談話(だんわ)をなすを()たるは、(もと)より興味深(きやうみふか)きことには候得共(さふらへども)(いま)(もつ)通信(つうしん)材料(ざいれう)となすには物足(ものた)らず、()()此國(このくに)人民(じんみん)(こゝろ)()れて、(かみ)(むか)つて悔改(くひあらた)めしむるの希望(きばう)(いた)つては、(いま)(あら)はれ(きた)らず(そろ)
 (かく)(ごと)我等(われら)(はたらき)(はかど)らざるに()きては、(あるひ)奇異(きい)(おもひ)御催(おもよほ)被成(なされ)(さふら)はんかなれど、我等(われら)宣敎師(せんけうし)位地(ゐち)は、(とく)困難(こんなん)にして、日本(にほん)()ける基督敎(きりすとけう)先例(せんれい)政府(せいふ)(しや)嫉妬(しつと)(およ)條約中(でうやくちう)米國人(べいこくじん)(けつ)して宗敎上(しうけうじやう)怨恨(えんこん)(かも)すが(ごと)所行(しよぎやう)をなすべからずと()へる不得(ふとく)要領(えうりやう)なる條文(でうぶん)(ならび)異敎(いけう)探索法(たんさくはふ)()(わた)れることは、(しも)貧民(ひんみん)茅屋(ほうをく)より(かみ)天子(てんし)禁庭(きんてい)(およ)()事等(こととう)は、(みな)()れ一(かう)(あたひ)することに御座候(ござそろ)
()是等(これら)(こと)充分(じうぶん)()了解(れうかい)有之候(これありさふら)へば、我等(われら)非常(ひじやう)小心(せうしん)翼々(よくよく)として、(こと)(したが)ふの必要(ひつえう)あることは(あきら)かに可相成(あひなるべく)(そろ)我等(われら)周圍(しうゐ)には無藪(むすう)偵吏(ていり)()(まと)居候得(をりさふらえ)は、()し一()(あやま)(とき)は、危瞼(きけん)()(べか)らずして、(たちま)人民(じんみん)との交通(かうつう)遮斷(しやだん)せらるべく(そろ)
 此國(このくに)(おい)ては基督敎(きりすとけう)禁制(きんせい)法律(はうりつ)は、(いま)撤去(てつきよ)せられず、踏繪(ふみゑ)制度(せいど)(すで)(すた)(さふら)(ども)基督敎(きりすとけう)依然(いぜん)として禁遏法(きんあつはふ)(もと)有之(これあり)貴下(きか)御承知(ごしようち)(ごと)く、是等(これら)法律(はふりつ)制札(せいさつ)(うえ)()きて、市街(しがい)公共(こうきよう)場所(ばしよ)(かゝ)有之候(これありそろ)當地(たうち)知事(ちじ)邸前(ていぜん)制札(せいさつ)には、()(ごと)(しる)有之候(これありそろ)

切支丹(きりしたん)邪宗門(じやしうもん)()是迄(これまで)(とほ)(かた)禁制(きんせい)(こと)

(かゝ)ることは人民(じんみん)(こゝろ)政府(せいふ)基督敎(きりすとけう)(もつ)て、惡事(あくじ)最大(さいだい)なるものと見做(みな)すとの(かん)(しやう)ぜしめ、()(その)禁制(きんせい)最大(さいだい)主要(しゆえう)(こと)なりと(おも)はしめ(そろ)()(また)彼等(かれら)人民(じんみん)新敎(プロテスタント)羅馬(ローマ)カソリツク(けう)との嘔別(くべつ)をなす(あた)はず(そろ)
 當國(たうごく)官憲(くわんけん)人民(じんみん)基督敎(きりすとけう)改宗(かいしう)するを防遏(ばうあつ)する()めに、(そな)へたる手段(しゆだん)(じつ)行屆(ゆきどゞ)きたるものにして、()(これ)勵行(れいかう)せらるゝ(とき)は、(きは)めて(その)效果(かうくわ)(いちゞる)しきものに(そろ)各町(かくちやう)組頭(くみがしら)毎年(まいねん)(はじ)めに(おい)て、(その)(まち)奉行(ぶぎやう)(たい)()(ごと)上申書(じやうしんしよ)差出(さしいだし)(そろ)

(だい)一、 町内(ちやうない)住民(ぢゆうみん)男女(なんによ)老幼(らうよう)(とも)連署(れんしよ)して差出(さしいだ)すもの。

私共(わたしども)切支丹(きりしたん)宗門(しうもん)無御座候(ござなくそろ)私共(わたしども)宗旨(しうし)各々(おのおの)名前(なまへ)(うえ)(しる)有之候(これありそろ)()私共(わたしども)にして宗門(しうもん)變更(へんかう)仕度節(つかまつりたきせつ)は、改宗(かいしう)(おもむき)御屆(おとゞけ)可申上候(まをしあぐべくそろ)

(だい)二、 五人組頭(ぐみがしら)より差出(さしいだ)すものにして、(その)趣意(しゆい)()(ごと)し、

私共(わたしども)は五人組(にんぐみ)(なか)(おい)て、()へず切支丹(きりしたん)宗門(しうもん)(もの)詮索(せんさく)することを(おこた)らず、(たがひ)(あひ)吟味(ぎんみ)仕候(つかまつりそろ)以上(いじやう)趣意(しゆい)(かた)相守(あひまも)り、銘々(めいめい)檀那寺(だんなでら)加判(かはん)(うけ)申候(まをしそろ)()(うたが)はしき事情(じゞやう)有之(これあり)(そろ)(せつ)は、(たゞち)御屆(おとゞけ)可申上(まをしあぐべく)(そろ)(まん)(かく)()ての(こと)(あら)はれ(そろ)(おい)ては、如何樣(いかやう)なる御仕置(おしおき)被成候(なされそろ)とも不苦(くるしからず)(そろ)

(だい)三、 (まち)名主(なぬし)より差出(さしいだ)したるものにて、(その)文言(もんごん)(いは)く、

以上(いじやう)連名(れんめい)人々(ひとびと)宗門(しうもん)夫々(それそれ)吟味仕(ぎんみつかまつり)()檀那寺(だんなでら)加判(かはん)()て、(こゝ)呈上(ていじやう)仕候(つかまつりそろ)()(みぎ)趣意(しゆい)違背(ゐはい)(いた)すもの有之候(これありそろ)(せつ)は、私共(わたしども)御仕置(おしおき)可被下(くださるべく)(そろ)
 ()くして各人(かくじん)毎年(まいねん)()上申書(じやうしんしよ)署名(しよめい)して基督敎徒(きりすとけうと)にあらざることを(あきら)かにし、(その)(ぞく)する佛敎(ぶつけう)宗派(しうは)(あき)らかにせざるを()ず、()(ゆゑ)何人(なにびと)にても、基督敎徒(きりすとけうと)となれば、(かなら)奉行(ぶぎやう)()られざるを()ず、(なん)となれば(いやしく)眞正(しんせい)基督敎徒(きりすとけうと)ならば、(かなら)(みぎ)上申書(じやうしんしよ)署名(しやめい)することを(こば)むべき(ゆゑ)(そろ)()かも(なほ)(いつは)りて署名(しよめい)する(もの)あらんことを(おそ)れ、五人組(にんぐみ)(もの)(ども)(たがひ)(あひ)詮議(せんぎ)し、各々(おのおの)幾分(いくぶん)責任(せきにん)()()めに()はさるゝ次第(しだい)(そろ)
()()彼等(かれら)佛敎(ぶつけう)僧侶(そうりよ)加判(かはん)()ひて、證明書(しようめいしよ)(せい)する次第(しだい)にして、僧侶(そうりよ)基督敎(きりすとけう)弘布(こうふ)()むるに(もつと)熱心(ねつしん)なる人々(ひとびと)なれば、社會(しやくわい)(おい)ける各人(かくじん)信仰(しんかう)(さだ)むるに(もつと)必要(ひつえう)なるものとせられ居候(をりそろ)
()僧侶(そうりよ)(いやしく)基督敎(きりすとけう)(かたむ)ける(もの)あるを(うたが)(とき)は、(その)證明(しやうめい)(こば)(したが)つて(うたが)はれたる(ひと)行爲(かうゐ)は、(もつと)嚴重(けんぢゆう)詮議(せんぎ)せらるゝことゝ可相成(あひなるべく)(そろ)現今(げんこん)(おい)ては()形式(けいしき)依然(いぜん)として(まも)られ、上申書(じやうしんしよ)差出(さしいだ)され(さふら)(ども)各家(かくか)主人(しゆじん)(あへ)隣人(りんしん)宗敎(しうけう)信仰(しんかう)詮議(せんぎ)不仕(つかまつらず)()(また)政府(せいふ)密告(みつこく)して(ひと)(にく)しみを(かうむ)ることを(いと)氣風(きふう)(おこな)はれ(そろ)()き、復讐心(ふくしうしん)より()づるか、(もし)くは最下等(さいかとう)(はい)にして、輿論(よろん)制裁(せいさい)以下(いか)(おちい)りたる(もの)が、下劣(げれつ)なる慾心(よくしん)よりするの(ほか)は、他人(たにん)宗門(しうもん)()訴人(そにん)(いた)すものは無御座(ござなく)(そろ)。』

七、日本語の研究と飜譯  

 (かゝ)事情(じじやう)なれば、()長崎(ながさき)在留(ざいりう)年間(ねんかん)は、(ほと)んど直接(ちよくせつ)傅道(でんだう)をなす餘地(よち)なく、()(まれ)來訪(らいはう)せる人々(ひとびと)(みち)()き、聖書(せいしよ)(および)類書(るゐしよ)(あた)ふる(ほか)は、(もつば)日本語(にほんご)研究(けんきう)飜譯(ほんやく)從事(じゆうじ)し、(しづか)將來(しやうらい)準備(じゆんび)をせられた。

前條(ぜんでう)次第(しだい)なれば、即今(そくこん)何等(なんら)傅道(でんだう)事業(じげふ)報告(はうこく)可致(いたすべき)もの無之(これなく)申上(まをしあげ)(さふら)はば、日本(にほん)()ける宣敎師(せんけふし)()(つか)ねて(なん)()(ところ)()しとの意味(いみ)にては無之(これなく)準備的(じゆんびてき)(はたら)きは吾等(われら)()めに多々(たゝ)有之候(これありそろ)(すなは)國語(こくご)學習(がくしふ)書籍(しよせき)出版(しゆつぱん)準備(じゆんび)(とう)瑕令(たとひ)技倆群拔(ぎりやうばつぐん)(ひと)たりとも、(こゝ)多年(たねん)(あひだ)精力(せいりよく)時間(じかん)技倆(ぎりやう)とを(ことごと)(これ)(もち)ふるを(えう)(そろ)
(なほ)(また)吾等(われら)宣敎師(せんけうし)前途(ぜんと)(よこた)はれる困難(こんなん)()めに、意氣(いき)沮喪(そさう)せる(わけ)にては萬々(ばんばん)無御座(ござなく)(わたし)(とり)ては()()困難(こんなん)は、當地(たうち)(きた)(ぜん)豫期(よき)したる(ほど)には(おほ)無之(これなく)(また)(だい)なるものにも無之候(これなくそろ)(しか)れども瑕令(たとへ)(その)困難(こんなん)にして、現在(げんざい)我等(われら)遭遇(さうぐう)する(ところ)より百(ばい)大なりとするも、我等(われら)にして()聖書(せいしよ)(たづさ)ふる(かぎ)りは、(けつ)して意氣(いき)沮喪(そさう)すべき(いは)無御座(ござなく)(そろ)聖書(せいしよ)には異敎(いけう)(たみ)(かみ)御子(みこ)嗣業(しげふ)()めに()らるべきことを(をし)へられ、()(きよく)(いた)(まで)(その)所有(しういう)たるべく、(いは)んや(その)敎會(けうかい)(たい)しては、諸々(もろもろ)(うち)(なんぢ)のものたらしむべしとの()約束(やくそく)有之候(これありそろ)。 されば我等(われら)失望(しつぼう)落膽(らくたん)することなく、(かへつ)(かみ)我等(われら)()めに(すで)()(たま)ひしことを感謝(かんしや)し、(みづか)(はげ)將來(しやうらい)盆々(ますます)(その)敎會(けうかい)我等(われら)()めに、我等(われら)願望(ぐわんぼう)思考(しかう)するよりも、(さら)(ゆた)かになし(たま)(ところ)あるを(しん)じ、孜々(しゝ)として(つと)むるの(ほか)無之(これなく)存候(ぞんじそろ)。』

また千八百六十二(ねん)文久(ぶんきう)(ねん))一(ぐわつ)()長崎(ながさき)(はつ)書信(しよしん)(いは)く。

年末(ねんまつ)(のぞ)みて拙者(せつしや)は、一の報告(はうこく)貴下(きか)(いた)すの必要(ひつえう)あるを(かん)(そろ)(この)報告(はうこく)此國(このくに)(おい)基督敎會(きりすとけうくわい)()れられ、(すく)はれたる人々(ひとびと)(すう)(かた)るものならば、如何(いか)(よろこ)ばしからんと(ぞん)(そろ)(しか)れども日本(にほん)よりして、(その)報告(はうこく)(いた)すべき(とき)は、(かみ)攝理(せつり)(おい)(いま)到着(たうちやく)不仕候(つかまつらずそろ)我等(われら)宣敎師(せんけうし)(なほ)忍耐(にんたい)祈禱(きたう)(もつ)て、(その)(はたら)きを(つゞ)け、(つひ)收獲(しうくわく)(しゆ)(その)適當(てきたう)とし(たま)(とき)(いた)りて、(めぐみ)(つゆ)(そゝ)ぎ、我等(われら)をして(その)寳座(ほうざ)(いろ)づきたる豐穗(たりほ)刈入(かりい)るを()しめ(たま)(とき)()つの(ほか)無之候(これなくそろ)
其時(そのとき)(いた)(まで)は、拙者(せつしや)報告(はうこく)(いきほ)簡單(かんたん)ならざるを()ざる次第(しだい)御座候(ござそろ)申迄(まをすまで)もなぐ拙者(せつしや)日本語(にほんご)學習(がくしふ)()めに(ほと)んど(まつた)時間(じかん)(つひや)居候(をりそろ)(すで)幾分(いくぶん)進歩(しんぽ)をなしたるかとも存候得共(ぞんじさふらえども)此國語(このこくご)(はなは)だ六ヶ(しく)して(くは)ふるに辭書(ぢしよ)文法書(ぶんはふしよ)無之(これなく)(また)敎師(けうし)(はなは)無頓着(むとんぢやく)なれば、小生(せうせい)日本語(にほんご)進歩(しんぽ)遲々(ちゝ)たらざるを()(そろ)()飜譯(ほんやく)(はじ)めとして、拙者(せつしや)主禱文(しゆたうぶん)信經(しんきやう)、十(かい)(やく)し、(これ)を一(さつ)書籍(しよせき)致申候(いたしまをしそろ)乍去(さりながら)(すべ)最初(さいしよ)飜譯(ほんやく)(まぬか)れざる(ごと)く、(おそ)らくは(はなは)不完全(ふくわんぜん)なるものに可有之(これあるべく)(これ)出版(しゆつぱん)せんには一(そう)訂正(ていせい)(えう)すべく(そろ)
 拙者(せつしや)(すで)多數(たすう)聖書(せいしよ)(および)類書(るゐしょ)人々(ひとびと)(あた)へ、()來客(らいきやく)宗敎(しうけう)(ろん)(いた)せしことは、(ぜん)半年間(はんねんかん)()けるよりも(さら)(おほ)(そろ)人々(ひとびと)(がい)して躊躇(ちうちよ)なく我等(われら)(あた)ふる書籍(しよせき)()候得共(さふらえども)(とき)としては丁寧(ていねい)(ことは)人々(ひとびと)有之候(これありそろ)拙者(せつしや)(かた)()(ひと)(うち)に、一人(ひとり)佛敎(ぶつけう)老僧(らうそう)有之(これあり)(しばし)來訪(らいはう)して基督敎(きりすとけう)()き、種々(しゆじゆ)問題(もんだい)(たづ)候得共(さふらえども)(けつ)して書籍(しよせき)贈物(おくりもの)受取(うけと)らず、此人(このひと)拙者(せつしや)(いう)する(ほと)んど(すべ)ての書籍(しよせき)()りて熟讀(じゆくどく)し、(こと)基督敎(きりすとけう)證據論(しやうころん)の一(しよ)度々(たびたび)()りて(かへ)られ(さふら)(ども)(これ)れを()みたる(のち)(かなら)返却(へんきやく)致候(いたしそろ)
(その)理由(りいう)日本(にほん)法律(はうりつ)にては、(かゝ)書籍(しよせき)所持(しよぢ)するを(ゆる)さず(そろ)(つき)(まん)官憲(くわんけん)搜索(さうさく)()けたる(とき)に。自己(じこ)(これ)所有(しよいう)()ることを發見(はつけん)せられざらん()めに、(さて)こそ毎々(まいまい)(これ)返却(へんきやく)するなりと(まを)され(そろ)。』

千八百六十四(ねん)元治元年(げんぢぐわんねん))一(ぐわつ)書信(しよしん)の一(せつ)(いは)く。

(この)國語(こくご)(まな)()將來(しやうらい)布敎(ふけう)()めに、書物(しよもつ)準備(じゆんび)することは、(じつ)()てしもなき大事業(だいじげふ)有之候(これありそろ)書籍(しよせき)()きては、小生(せうせい)(すで)支那語(しなご)より飜譯(ほんやく)したる三(しゆ)小册子(せうさつし)(および)英語(えいご)より飜譯(ほんやく)したる小兒(せうに)()めの一小册子(せうさつし)(いう)()(そろ)(みぎ)(うち)(しゆ)(なほ)數回(すうくわい)訂正(ていせい)()て、()れを木版(もくはん)(おこ)長崎(ながさき)(おい)印刷(いんさつ)せしむる(つも)りに御座候(ござそろ)今日(こんにち)(いた)(まで)は、我等(われら)()支那語(しなご)にて()きたる書物(しよもつ)のみを頒布(はんぷ)(いた)(きた)(さふら)ふが、(いま)日本人(にほんじん)(ちゆう)漢文(かんぶん)()(あた)はざる(だい)多數(たすう)階級(かいきふ)に、書籍(しよせき)(もつ)傅道(でんだう)すべき(とき)(きた)れりと存候(ぞんじそろ)勿論(もちろん)これは(こゝろ)みに計畫(けいくわく)いたし(さふら)(ども)當地(たうち)印刷(いんさつ)者中(しやちゆう)(はた)して(これ)引受(ひきう)くるものあるや(いな)や、(たしか)ならず(そろ)。』

八、來訪者  

 基督敎(きりすとけう)禁制(きんせい)嚴令(げんれい)實際(じつさい)(おこな)はれたる當時(たうじ)は、(みち)(をし)ゆる(もの)(まな)(もの)も、(とも)生命(いのち)()けであつたから、直接(ちよくせつ)傅道(でんだう)(みち)容易(ようい)(ひら)けず、宣敎師(せんけうし)(けつ)して宗敎(しうけう)(もつ)人民(じんみん)接近(せつきん)することはできなかつた。フルベツキ()(いわ)く、當時(たうじ)日本人(にほんじん)(くわい)し、(だん)(たまた)宗敎(しうけう)問題(もんだい)(およ)ぶや、彼等(かれら)(ほと)んど無意識的(むいしきてき)()咽喉(のど)()て、(かゝ)事柄(ことがら)(はなは)危險(きけん)(ばん)なりとの()(へう)せりと、(こと)日本(にほん)は二(しゆ)のもの(すなは)阿片(あへん)基督敎(きりすとけう)(のぞ)(ほか)は、何物(なにもの)にても外國人(ぐわいこくじん)輸入品(ゆにふひん)歡迎(くわんげい)すと主張(しゆちやう)する長崎(ながさき)奉行(ぶぎやう)配下(はひか)にあつては、人々(ひとびと)(その)(すぢ)嫌疑(けんぎ)(おそ)れて、溶易(やうい)宣敎師(せんけうし)接近(せつきん)せざりしことゝて、來訪者(らいはうしや)(じつ)()れであつたに相違(さうゐ)ない。
かゝる(さい)(たまた)危險(きけん)(をか)して、()()()(もの)があらば、基督敎(きりすとけう)魔法(まはふ)心得(こゝろえ)宣敎師(せんけうし)より祕法(ひはふ)傅授(でんじゆ)(もと)むる野心家(やしんか)か、西洋(せいやう)文明(ぶんめい)新知識(しんちしき)(くわつ)せる長崎(ながさき)留學(りゆうがく)幕臣(ばくしん)藩士(はんし)か、新宗敎(しんしうけう)(くわん)する智識慾(ちしきよく)滿足(まんぞく)せんために(きた)れる儒者(じゆしや)佛僧(ぶつそう)か、宣敎師(せんけうし)動靜(どうせい)(うかゞ)(その)祕密(ひみつ)探索(たんさく)せんどする偵吏(ていり)か、(しか)らざれば、眞理(しんり)探求(たんきふ)する(ため)には、千(なん)()()せしとの大勇(だいゆう)猛心(まうしん)(もつ)(きた)れる特志(とくし)求道(きうざう)()であつた。
(さき)(かゝ)げたる()書簡中(しよかんちう)佛僧(ぶつそう)(ごと)きは、(おも)ふに新宗敎(しんしうけう)智識(ちしき)()んために(きた)りし人物(じんぶつ)であつたらう。(この)老僧(らうそう)(しばし)()()ひたるものと()へ、(やうや)保存(ほぞん)するを()たる()日記(につき)斷片中(だんぺんちう)、千八百六十一(ねん)文久(ぶんきう)元年(ぐわんねん))十一(ぐわつ)十七(にち)(しる)して(いは)く、

本日(ほんじつ)老年(らうねん)なる佛敎(ぶつけう)僧侶(そうりよ)來訪(らいはう)()く、()此人(このひと)基督敎(きりすとけう)書類(しよるゐ)(すう)月間(げつかん)貸與(たいよ)せり。()(かれ)(とも)談論(だんろん)せり、(かれ)羅馬敎(らうまけう)基督敎(きりすとけう)新敎(しんけう)相違(さうゐ)する(てん)(くわん)し、()説明(せつめい)(しば)らく(みゝ)(かたむ)けし(のち)(いは)く、佛敎(ぶつけう)(およ)羅馬敎(らうまけう)(あま)狹隘(けふあい)なるが(ゆゑ)に、全世界(ぜんせかい)擴張(くわくちやう)する資格(しかく)()くる(ところ)あるなり。(しか)れども耶蘇敎(やそけう)當時(たうじ)(すで)新敎(しんけう)耶蘇敎(やそけう)()べり)は(ひろ)きが(ゆえ)萬人(まんにん)(をし)ゆるに(てき)せりと。(しか)れども()(おも)へり、(かゝ)(げん)は、(かれ)基督敎(きりすとけう)眞理(しんり)感動(かんどう)したることを、證明(しようめい)する證據(しようこ)とはならざるべしと。(かれ)冷靜(れいせい)なる哲學的(てつがくてき)頭腦(づなう)(もつ)て、基督敎(きりすとけう)書籍(しよせき)()人々(ひとびと)種類(しゆるゐ)(ぞく)する(ひと)なるが(ごと)(おも)はる。(しか)れども(かれ)(げん)(もつ)基督敎(きりすとけう)人類(じんるゐ)(ぱん)適合(てきがふ)する宗敎(しうけう)なることを(しよう)する(いちじる)しき證據(しようこ)とはなるなり。(いは)んや(かれ)異敎(いけう)僧侶(そうりよ)なるに(おい)てをや。』

また同年(どうねん)十一(ぐわつ)二十九(にち)日誌(につし)(いは)く、

先日(せんじつ)來訪(らいはう)したる老僧(らうさう)書籍(しよせき)返却(へんきやく)せんために(ふたゝ)來宅(らいたく)せり、(かれ)()(こゝろ)みんと(ほつ)し、發問(はつもん)して(いは)く、何故(なにゆゑ)(かみ)は、獅子(しゝ)(とら)(とう)(ごと)人間(にんげん)(しよく)する猛獸(まうじう)(つく)りしや、何故(なにゆゑ)(かみ)地球(ちきう)(つく)るに(あた)大部分(だいぶゞん)大洋(たいやう)(つく)り、小部分(せうぶぶん)なる陸地(りくち)形成(けいせい)せしや、(かみ)()しサタンを(つく)らずば、(へび)(ごと)きものを使用(しよう)して、人間(にんげん)始祖(しそ)アダムを(あざむ)き、(もつ)(つみ)(おか)さゞらしめざりしものをと。
()長時間(ちやうじかん)(かれ)(ろん)佛敎(ぶつけう)孔子敎(こうしけう)基督敎(きりすとけう)(とう)比較(ひかく)し、此等(これら)宗敎(しうけう)人心(じんしん)(およ)ぼす效果(かうくわ)()論述(ろんじゆつ)したれば、(かれ)()談論(だんろん)()(おは)りて(のち)(いは)く、()佛敎(ぶつけう)僧侶(そうりよ)なり、(しか)れども佛敎(ぶつけう)敎理(けうり)信奉(しんほう)せず、(われ)儒敎(じゆけう)(しん)(しか)れども耶蘇敎(やそけう)就中(なかんづく)善良(ぜんりやう)なる宗敎(しうけう)なりと。
(かれ)(また)(いは)く、日本(にほん)古代(こだい)宗敎(しうけう)輪廻(りんゑ)()かず、耶蘇敎(やそけう)(ごと)天堂(てんだう)存在(ぞんざい)()けり。(その)敎義(けうぎ)によれば、善人(ぜんにん)未來(みらい)(おい)高天原(たかまがはら)(おもむ)き、惡人(あくにん)死後(しご)(ある)場所(ばしよ)(おもむき)きて永久(えいきう)(とゞま)らざるべからず』と。

(ある)(ひと)(かつ)()より直接(ちよくせつ)()きしとて、()物語(ものがたり)をした。

()()、一(にん)來客(らいきやく)あり、(めづ)らしき(こと)とて監督(かんとく)(これ)(むか)來意(らいい)()ひしに、(かれ)恐々(おそるおそる)()(のば)天井(てんじやう)(ならび)に四(はう)(かべ)(ゆびさ)した、(これ)は二(かい)隣室(りんしつ)(たれ)(ひと)()りませんかといふ(こと)にて、()自分(じぶん)宣敎師(せんけうし)()ひし(こと)(ひと)()られなば、(これ)()られると()つて、()(くび)()(おそ)るゝゆへ、監督(かんとく)はどうぞ安心(あんしん)なさい、(たれ)他人(たにん)()りませんと()ふと、(かれ)はやうやう()()いて(こし)()け、數本(すほん)眞鍮(しんちう)煙管(きせる)()()し、(まこと)申兼(まをしかね)ますが、 どうぞ(これ)本金(ほんきん)にして(くだ)さいと()ふ。
監督(かんとく)(おほい)(おどろ)かれ、(わたし)手品師(てじなし)とは(ちが)ひますと(ことは)られた。そうすると今度(こんど)某町(ばうちやう)財産家(ざいさんか)は、(おほ)くの金庫(きんこ)()()るも、土藏(どざう)錠前(ぢやうまへ)(かたく)して幾度(いくど)(これ)(こゝろ)みるも溶易(ようい)(やぶ)れぬ。何卒(なにとぞ)他人(たにん)露顯(ろけん)せぬ(やう)(まど)から出入(しゆつにふ)し、(その)(たから)(うば)つてソツト()ぐる(はふ)(をし)へて(くだ)さいと()ふ。監督(かんとく)は、(わたし)そんな(こと)()りませんと()はれても、(かれ)はなかなか承知(しやうち)せず、是非(ぜひ)(をし)へて(くだ)さい、()内密(ないみつ)(いた)します、(たれ)にも(けつ)して(はな)しませんから、キリスタン、バテレンの祕法(ひはふ)(をし)へて(くだ)さいと、(しき)りに(ねが)つた。
そこで監督(かんとく)(かれ)(むか)ひ、(わたし)日本(にほん)御國(おくに)(まゐ)りましたのは、神樣(かみさま)(をしへ)(つた)へる(ため)です。態々(わざわざ)遠方(ゑんはう)から御國(おくに)(ひと)盜賊(たうぞく)仕方(しかた)(をし)へに()たのではありませんと(ことは)ると、(かれ)はスゴスゴ()()つたさうです。』

千八百六十四(ねん)元治(げんぢ)元年(ぐわんねん))の一(ぐわつ)()通信中(つうしんちゆう)に、一(にん)來訪者(らいはうしや)(こと)記述(きじゆつ)されてあるが。()來訪者(らいはうしや)は、眞面目(まじめ)なる求道者(きうだうしや)の一(にん)であつた。

來訪者(らいはうしや)宗敎談(しうけうだん)をなし、(およ)(これ)聖書(せいしよ)(また)册子(さつし)(あた)ふる(こと)は、從來(じゆうらい)()(しづ)かなる方法(はうはふ)にて(いた)居候(をりそろ)(いやしく)機會(きくわい)あらば(かなら)(これ)(おこた)らず(そろ)(とき)としては(はなは)興味深(きやうみふか)事件(じけん)は、(これ)より(しやう)ずる(こと)御座候(ござそろ)去年(きよねん)(ぐわつ)當地(たうち)附近(ふきん)の一(しう)より(きた)りし藩士(はんし)は、小生(せうせい)知己(ちき)の一日本人(にほんじん)より紹介(せうかい)せられたる(ひと)(そろ)が、小生(せうせい)(かれ)數種(すうしゆ)小册子(せうさつし)(あた)候處(そろところ)其人(そのひと)(これ)()けて數日中(すうじつちう)再來(さいらい)(やく)()(かへ)(そろ)一二(にち)(のち)(かれ)(ふたゝ)來訪(らいはう)し、前年(ぜんねん)フルベツキ()より()けたりと()ふ一(くわん)聖書(せいしよ)(たづさ)(きた)りて、聖書(せいしよ)(おほひ)()れを()みて(かつ)(しん)ずれども、()了解(れうかい)(あた)はざる(ところ)(おほ)くありと(まを)(そろ)
(これ)(おい)小生(せうせい)はそを()()かさんと(まを)()候處(そろところ)(かれ)(しばら)躊躇(ため)らひたる(のち)()夜分(やぶん)(きた)ることを()ば、(をしへ)()けんと(まを)(そろ)()れより(かれ)は二週間(しうかん)(ほと)んど毎夜(まいよ)來訪(らいはう)し、十()()(まで)小生(せうせい)(とも)支那譯(しなやく)聖書(せいしよ)()(そろ)
 (かれ)眞理(しんり)には(きは)めて無知(むち)なれども、()(をし)ゆるに()るべき氣象(きしやう)(いう)し、()(あたら)しき(こと)(まな)ばんとの熱心(ねつしん)(おもて)(あら)はれ(そろ)(かれ)餘儀(よぎ)なく鄕里(きやうり)(かへ)りし(とき)は、小生(せうせい)(じつ)遺憾(ゐかん)存候(ぞんじそろ)(その)(かへ)るに(のぞ)みて、小生(せうせい)書籍(しよせき)(およ)小册子(せうさつし)(かく)(さつ)(ならび)支那譯(しなやく)祈禱書(きたうしや)(および)日本譯(にほんやく)にて(しる)せる主禱(しゆたう)信經(しんけう)、十(かい)(あた)候處(そろところ)歸國(きこく)(のち)勉強(べんきやう)して(これ)(まな)ぶべしと約束(やくそく)(いた)(そろ)(かつ)(また)(かれ)()宗敎(しうけう)敎理(けうり)妻子(さいし)(をし)へても宜敷哉(よろしきや)(たづ)(そろ)(まこと)()兆候(てうこう)御座候(ござそろ)
 其後(そのご)()小生(せうせい)は一の消息(せうそく)()(そろ)(その)(ぶん)によれば、此人(このひと)砲兵(はうへい)士官(しくわん)にして、近頃(ちかごろ)八千(にん)指揮官(しきくわん)昇進(しようしん)(いた)(そろ)()き、(ふたゝ)長崎(ながさき)には(かへ)(がた)しとのことに(そろ)。されど()小生(せうせい)(かれ)のために軍術(ぐんじゆつ)の一(しよ)()()()るゝに(おい)ては、君公(くんこう)(ゆるし)()長崎(ながさき)(きた)り、通譯者(つうやくしや)(たすけ)によりて(これ)(まな)びたしと有之候(これありそろ)。さすれば(かれ)は一(たび)長崎(ながさき)(きた)りて福音(ふくおん)眞理(しんり)を、一(そう)詳細(しやうさい)(まな)ぶの機會(きくわい)可有之(これあるべく)(ぞん)小生(せうせい)は一の軍學書(ぐんがくしよ)()()れ、(かれ)友人(いうじん)をして(これ)通知(つうち)せしめ(そろ)(かれ)(かなら)正月(しやうぐわつ)()には、(ふたゝ)長崎(ながさき)(きた)るべく(そろ)。』

(この)求道者(きうだうしや)()豫期(よき)せし(ごと)く、(ふたゝ)長崎(ながさき)(きた)り、()より(みち)(まな)ぴしや、(かれ)(いづ)れの藩士(はんし)にて、(その)姓名(せいめい)()んと(しやう)せしか、()何人(なにびと)()らんと(ほつ)する(ところ)ならんも、()()()書簡中(しよかんちゆう)に、(かれ)(つい)(しる)せるものを發見(はつけん)せざれば、此處(こゝ)明言(めいげん)するを()ざるは、(はなは)遣憾(ゐかん)であるが、(おも)ふに、(かれ)(ごと)眞率(しんそつ)熱心(ねつしん)なる求道者(きうだうしや)にして、(とく)願望(ぐわんばう)軍學書(ぐんがくしよ)()()れる(こと)となりしゆへに、(かな)らず()期待(きたい)せし(ごと)く、(よく)元治(ぐわんぢ)元年(ぐわんねん)正月(しやうぐわつ)()に、(ふたゝ)長崎(ながさき)(きた)り、(さら)()(をしへ)()け一(そう)信仰(しんかう)(すゝ)んだであらう。(あるひ)此人(このひと)が、慶應(けいおう)(ねん)()より洗禮(せんれい)()けし肥後(ひご)(ひと)庄村(しやうむら)()其人(そのひと)ではあるまいか。

九、傅道の方針  

 千八百六十四(ねん)元治(ぐわんぢ)元年(ぐわんねん))一(ぐわつ)()書簡(しよかん)(いは)く。

回顧(くわいこ)すれば前回(ぜんくわい)報告(はうこく)以來(いらい)(また)(ねん)光陰(くわういん)()(そろ)(しか)れども日本(にほん)(おい)て、公然(こうぜん)基督敎(きりすとけう)福音(ふくおん)宣傅(せんでん)せんとの、我等(われら)宿昔(しゆくせき)希望(きばう)(および)(これ)()めに(いの)りたる(とき)は、(いま)(きた)らず(そろ)今日(こんにち)(まで)(ところ)にては、世界(せかい)(だい)原野(げんや)(この)小隅(せうぐう)(おい)我等(われら)靈界(れいかい)農夫(のうふ)として、(いし)()(あつ)荊棘(いばら)取除(とりのぞ)き、(もつ)將來(しやうらい)(これ)鋤鍬(すきくわ)()るゝの準備(じゆんび)をなし、()此處(こゝ)彼處(かしこ)(ひそか)(みち)()(たね)()くの勞作(らうさく)(ふく)居候(をりそろ)
()()其種(そのたね)()(いだ)()(ちやう)し、()(かたむ)きて(これ)(こく)(しやう)ずるを()ることは、(いま)我等(われら)(たま)はらざる特權(とくけん)御座候(ござそろ)其時(そのとき)(いた)(まで)只管(ひたすら)()(かつ)(いの)り、刈入(かりい)れの(しゆ)()(とき)(いた)つて、墻垣(かき)(てつ)我等(われら)をして公然(こうぜん)(たね)()()(たがや)すを()せしめ、()(れい)(つゆ)(そゝ)(たま)ふて、我等(われら)をして(しゆ)穀倉(こくぐら)(れい)果實(くわじつ)(おさ)むることを()せしめ(たま)(とき)(いた)るを(のぞ)むの(ほか)無之候(これなくそろ)。されば今日(こんにち)(まで)此地(このち)()ける宣敎師(せんけうし)(はたら)きは、(ぜん)申上(まをしあげ)候如(そろごと)く、(あたか)()瓦礫(ぐわれき)(のぞ)荊棘(けいきよく)(ひら)きて、除草(ぢよさう)(およ)播種(はんしゆ)(そなへ)をなすに(とま)(そろ)
(すなは)基督敎(きりすとけう)(たい)する人民(じんみん)偏見(へんけん)(および)誤解(ごかい)()くに(つと)め、新敎的(しんけうてき)基督敎(きりすとけう)(なん)(おそ)るべき(ところ)なく、(かへ)つて日本(にほん)にして福音(ふくゐん)宣傳(せんでん)(ため)に、門戸(もんこ)開放(かいはう)するは、()此國(このくに)(うえ)(また)(だい)なる慶福(けいふく)()くる所以(ゆえん)なることを、機會(きくわい)ある(ごと)人々(ひとびと)()()かすことを(もつぱ)(つと)居候(をりそろ)
日本人中(にほんじんちゆう)には(すで)歴史(れきし)(つう)じて、()我等(われら)()(ところ)(りやう)とし、一(こく)基督敎(きりすとけう)()(きた)ることは(その)結果(けつくわ)(かなら)文明(ぶんめい)進歩(しんぽ)(うなが)し、道德上(だうとくじやう)知識上(ちしきじやう)(および)社會上(しやくわいじやう)(ぱん)幸福(かうふく)增進(ぞうしん)することを(しん)じ、(しか)して(この)進歩(しんぽ)(おほひ)基督敎(きりすとけう)思想(しさう)純潔(じゆんけつ)なるに()ると、承諾(しやうだく)せる人々(ひとひと)有之候(これありそろ)
 (かゝ)(はたら)きをなすは、(あま)(えき)なきことに時間(じかん)消費(せうひ)するものなりとし、專制國(せんせいこく)政府(せいふ)(おい)ては、(かゝ)言説(げんせつ)は、最上級(さいじやうきふ)人々(ひとびと)(むか)つてなすにあらざれば、(なん)效果(かうくわ)をもなしと思惟(しひ)する(ひと)有之候(これありそろ)はんかなれども、(これ)(かなら)ずしも無益(むえき)(げふ)には無御座(ござなく)(かゝ)説明(せつめい)()きし人々(ひとひと)(うち)には、(その)君公(くんこう)近侍(きんじ)する人々(ひとびと)有之(これあり)(なか)には(また)(その)左右(さいう)()つて(こと)()り、(げん)(すゝ)むるの人々(ひとびと)有之候(これありそろ)
大名等(だいみやうとう)適當(てきたう)同輩(どうはひ)合意(がふい)せば(もつ)て、政府(せいふ)をして(その)(ほつ)する政策(せいさく)探用(さいよう)せしむる權力(けんりよく)有之候(これありそろ)加之(しかのみならず)(この)專制國(せんせいこく)(おい)ても、矢張(やはり)幾分(いくぶん)輿論(よろん)(おこな)はるゝありて、(その)(こゑ)全然(ぜんぜん)無視(むし)する(わけ)には相成不申(あひなりまをさず)(しか)して輿論(よろん)(ちから)不絶(たえず)增進(ぞうしん)致居候(いたしをりそろ)()()商人(しやうにん)階級(かいきふ)(その)(こゑ)增進(ぞうしん)して、外國人(ぐわいこくじん)接觸(せつしよく)()(くに)(おい)商人(しやうにん)()むる位地(ゐち)(まな)ぶにつれて、彼等(かれら)愈々(いよいよ)自己(じこ)權利(けんり)自覺(じかく)し、(すゝ)んで()れを主張(しゆちやう)いたし(そろ)
されば、我等(われら)(とき)(かなら)(まさ)(きた)るべく、(その)(きた)るは現今人(げんこんじん)(かんが)ふるよりも意外(いぐわい)(はや)かるべく(そろ)。されば將來(しやうらい)(だい)階級(かいきふ)發達(はつたつ)して、其意見(そのいけん)此國民(このこくみん)會議(くわいぎ)(おい)て、適當(てきたう)威重(ゐぢゆう)(いう)する(とき)(いた)らんことは、()して()つべきに御座候(ござそろ)。』