米國海軍將官は、斯く日本最初の新敎禮拜式の光景及び感想を記したる後、更に米國政府がハリスに與へたる訓令に就いて語つた。彼は其日ハリスに招かれ、事務室書齋圖書室を兼たる一室に至りしに、ハリスは一見重要なる文書と覺しき書類を持ち來り、其一部分を讀み聽せられたるが、そは國務卿マーレー閣下より與へられたる訓令書なる事は明白なりといひ、該文書に於て、國務卿マーレー閣下は、總ゆる賢明なる方略と仁慈の力を以て、日本に於ける基督敎信仰の十全なる自由、及び布敎の目的を以て來る宣敎師、其他の人々に對する保護を得ん爲に、最善を盡すべしと、ハリスに訓令せられたりと記した。
タウセント、ハリス氏が、幕府をして基督敎禁制を撤廢せしむべく、熱誠なる辯明忠告は、如何なる程度まで貫徹したるかは詳かでない。惟ふに、當時幕府の偏見と頑迷には、氏の熱誠なる盡力を以ても、打克つことができなかつたが、それとも我が國情を察し、幕府の窮境に同情し、現状に於て基督敎の解禁を強迫するは尚早しと認め、やがて必ず其時機の來るべきを期し、徐ろに幕府を誘導勸諭するに努めたのであらう。左に掲ぐるものは、氏が上海の友人(米國聖公會宣敎師)に送られたる書簡である。氏の鋭眼なる觀察のほどを知るべく、また以て聊か此問題に關する消息を窺ふに足るであらう。
『拜復、御尋ねの趣は、拙者の力に及ぶ限り御答へ可申上候得共、小生の所見或は誤れるもの有之やも難計、此儀豫め御承知被下度候。抑も日本人は最も些細なることにても、隠匿するの奇習ありて、そは二千年以來の風習に有之、且又小生は彼等と談するには、一々通譯者の助けを借るの不便を有し候に付、小生の觀察恐くは正鵠を得ざる所あるべく、此邊の事情篤と御洞察を願上候。以上の御斷を以て御答申上候に付、宜敷充分の御斟酌あらんことを希望仕候。
貴問第一、日本政府をして、外國に對する政策を變ぜしめたる原因は何そや。
答、此點に就ては、詳細に御答申上げんと欲せば、勢ひ目下大統領の手中にある事件を公にせざるを得ず。而してこは大統領の許可なくては發表し難き次第に候。
貴問第二、日本と外國との現今の友義的關係は、永續すべきものなりや否や。
答、日本人は小心翼々として、條約上の義務を守るべく候。而して若し現今の交諠にして破ることありとせば、そは外國人の干犯より生ずべく、日本政府の背信より生ずることは萬なかるべく候。
貴問第三、政治上に於て既に現はれたると、同一の行爲を宗敎上の變化に於ても、等しく豫期し得べきや否や。
答、日本人は從來基督敎を以て、侵略及び政府顚覆の思想と密接の關係あるものと見做し居候。人民としては彼等は何等排異敎的感情を有せずと云を得べく、而して國内に於ける彼等の三大宗教は、全人民が等しく共に維持致し居る様に相見え候。概して彼等の宗敎上に關する特徴は、無頓着にありと云ふを得べく、彼等が禮拜の標識に對しては、何等の崇敬の念を有せず候。拙者は日本人に對して、現今基督敎の恐るゝに足らざることを説き、最早該敎は劔の切先にて宣傅せらるゝことなく、何等の異圖をも抱くものにあらざることを會得せしむる爲めに、最も力を盡し居候。此國傅道の將來の成功は一に繋つて、派遣せらるゝ初代宣敎師の性行、擧動の上に可有之、若し其人物が愼重堅忍の士にして、能く辨別自制の力ある人々ならば、其が遂に好結果を生ぜんこと、拙者の疑はざる所に候。
貴問第四、日本の冶者及人民に基督敎を以て近づく最良方法は如何。
答、之れ貴問中の最も答辯に難き箇條に候。日本人は道理に服すること著しき人民に有之候得ば、宣敎師等は國語を學習さへせば、容易に實際的議論を以て彼等に近つき得べく候。
若し夫れ如何なる程度まで、印刷物を公布するを許さる可きかは、只今の處拙者に於て明言致し難く候。拙者の所見に依れば、學校を興し英語を敎へ、又貧民を施療する如きは、最も傅道の爲に有益なる働きたるべく候。
貴問第五、日本人の冶者及人民中に、支那の書籍の用ゐらるゝ程度如何。
答、凡ての貴族、武士、文人及醫師は大概漢籍を讀み候。
貴問第六、出版の自由は如何。
答、日本には未だ新聞紙なるもの無之、而して不穏當と認むるものは、政府其發行を許さゞるべく候。書籍は甚だ饒多にして、且安價に有之、之等は支那字と假名文字にて印刷し有之候。
貴問第七、國民中文字を知る者の數如何。
答、拙者の見る所によれば、讀み書の知識、日本程に普及せるは世界の何處にもなかるべく候。
貴問第八、日本帝國の人口は幾許ありや。
答、未だ正確なる戸籍調査は無之、勿論一定の時に於て、或階級の人員は取調候得共、一般人民は數へらるゝこと無之候。されど拙者が有識なる人民、并に最も其事に詳しかるべき人々より得たる見積は、三千萬乃至五千萬人に有之候。』