・組織作りと指導者たち
1892(明治25)年11月、小宮珠子姉らによって祈りと献金で伝道を助ける「メリーの友の会」が誕生した。以来、米国聖公会のマキム主教夫人、ミス・ラベル宣教師等の力を借りながら、一致感謝献金(感謝箱献金)運動を軸に、北東京や京都地方部に「婦人補助会」の核づくりが始まった。時は1897(明治30)年である。
1908(明治41)年4月、各地方部から3人ずつの代表を集め、大阪で初の婦人大会を開いた。この呼びかけの母体が「日本聖公会婦人補助会中央本部」と称されるようになり、日本聖公会の外郭団体の一つとなった。
今日のように教育の自由が認められなかった明治・大正・昭和初期には教育・教養・そして信仰を身につけた指導者が必要だったが、その都度、小宮珠子・林歌子・須貝千代・山口敏子の各姉、それに婦人宣教師(英・米・加)、日本の婦人伝道師等の人材が与えられた。
これらの人びとの献身によって会は支えられ、継続されてきた。
1926(大正15)年の第7回総会では、名称を「日本聖公会婦人伝道補助会」として、台湾・満州に婦人伝道師を派遣するなどしてその伝道事業を支援した。またこの総会で被献日2月2日を日本聖公会婦人補助会の「創立記念日」と定め、各地方部で記念聖餐式を行い、その信施金を中央本部に積み立て、「婦人献身者養成」のために用いることを決め、これを「被献日献金」と呼んだ。
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