小金井聖公会の歩み
2人の女性が小金井聖公会の誕生を導きました。中国大陸で満州事変が勃発した翌1932年1月に、小金井村(当時)の永田寿美が、教母である聖十字教会の伝道師長尾よつと共に、永田の自宅(現在の小金井
市緑町3-3-17)において家庭集会を開きました。集まったのは5-6人の女性たちで、会の内容は長尾伝道師による聖書の話が中心のいわば伝道集会でした。会は以後毎月1回開かれることになりました。
1940年日本聖公会北関東教区により、永田寿美宅が「小金井講義所」として認定されました。管理司祭として教区より立教高等女学校(現立教女学院)校長の小林彦五郎司祭が派遣され、同司祭により同年3
月11日東京府知事に設立申請が提出されました。私たちはこの日をもって小金井聖公会の創立記念日としています。以後、月2回主日礼拝が捧げられるようになりました。
    小林彦五郎司祭 後藤 真司祭(主教)
戦争の拡大に伴ってキリスト教への逆風が吹き始め、同年宗教団体法が施行されたことにより、小金井講義所は単立教会となって、1942年に名称が「小金井聖公教会」に変更されました。
1943年に教会の主管者後藤眞司祭に召集令状が来たあと、代務者となった司祭は軍属となり辞任、1944年に主任司祭を迎えましたが、間もなく軍需工場に徴用されたため、その後二人の神学院教授によって主日礼拝が守られてきました。