日本聖公会大阪教区 メッセージと祈り

キリスト教一致祈祷会 説教(2017年1月28日 大阪聖パウロ教会にて)

司祭 ペテロ 岩城 聰

 「平和のきずなで結ばれて、霊による一致を保つように努めなさい。 体は一つ、霊は一つです。それは、あなたがたが、一つの希望にあずかるようにと招かれているのと同じです。 主は一人、信仰は一つ、洗礼は一つ、 すべてのものの父である神は唯一であって、すべてのものの上にあり、すべてのものを通して働き、すべてのものの内におられます。」
(エフェソの信徒への手紙 4:3-6)

 パウロの教えのように、唯一の三位一体の神を信じるキリスト教会は、本来一つであるはずです。もちろん、地方差や伝統の違いで、それぞれの特色を持つ多様性はあっても良いのですが、それぞれが対立して相手を裁き、場合によっては武力にまで訴えるという悲しい事態が、長いキリスト教の歴史の中で生じてしまいました。  宗教改革が始まってから今年でちょうど500年です。この500周年を記念するのにもいくつかの立場があるようです。一つは、プロテスタント成立の意義を強調する立場で、「プロテスタント500周年」という言葉も用いられています。もう一つの立場は、キリスト教会の分裂を憂い、「歴史的和解」を強調する立場です。

 今年、ルターが「95箇条の提題」を貼りだしたドイツのウィッテンベルクでは、カトリック教会との合同礼拝が計画されていますが、それはまさに500年の時代を超えた歴史的な和解の出来事となるでしょう。

 これまでの歴史の中でも、特に20世紀に入ってからエキュメニズム運動(教会一致を目指す運動)は、さまざまな形で展開されてきました。世界教会協議会WCCには、東方正教会、聖公会、ほとんどのプロテスタント諸教派が加入しており、長い対話を進めて参りました。また、カトリック教会もオブザーバーを派遣し、密接な協力関係を持っています。何と言っても、カトリック教会の第二バチカン公会議がもたらした衝撃は大きなものでした。これまでエキュメニズムには無縁だと思われていた(少なくともプロテスタントの側はそう思っていた)カトリック教会が、対話の可能性を開いたからです。その中で出された『エキュメニズムに関する教令』には、次のように記されています。「信ずる者の中に住み、全教会を満たし治めている聖霊は、信者の感嘆すべき交わりを実現し、すべての人をキリストにおいて堅く結び合わせて、教会の一致の源泉となっている。」「カトリック教会は彼ら(カトリック教会との交わりから分かたれた兄弟姉妹)を兄弟に対する尊敬と愛をもって抱擁する。」そして、教会一致のために行われる諸教会合同の集まりの中で、「カトリック信者が分かれた兄弟とともに祈ることは、許されるばかりでなく、むしろ望ましいことである」とエキュメニズム運動を推奨したのです。

 この『エキュメニズムに関する教令』発表50周年を記念して、2014年11月には日本のカトリック教会と日本聖公会、日本福音ルーテル教会の3教会による合同礼拝が東京カテドラル関口教会聖マリア大聖堂で行われました。その礼拝の中で説教されたルーテル教会の徳善羲和先生は、「イエスが受難と死の時を前に、『父よ、あなたがわたしの内におられ、わたしがあなたの内にいるように、すべての人を一つにしてください』『わたしたちが一つであるように、彼らも一つになるためです』と祈ってくださっていることからも分かるように、キリスト者が一つの群れになることこそがイエスの最期の願いである。」と指摘され、分裂の痛みを超えて、キリストにある一致を求めることの大切さを切々と訴えられました。また、今年の11月23日には、宗教改革500年を共同で記念するため、日本福音ルーテル教会と日本カトリック司教協議会は、カトリック浦上教会において『平和を実現する人は幸い』というテーマで共同のシンポジウムと礼拝を行います。

 マルティン・ルターの問題提起に端を発した宗教改革運動は、結果として世界に分裂をもたらしましたが、もはや「対立から和解へ」との歩みの中にあるというのが多くのクリスチャンの思いではないかと思います。もちろん、教会一致といっても、巨大な統一組織ができるとか、大が小を吸収合併するとかいうことではなく、多様性や意見の不一致があっても、互いに尊重しつつ、認め合いつつ、福音宣教に邁進するということなのです。「耐用性の中の一致」という言葉があります。互いの多様性を認め、多様性を活かしつつ、手を携えて歩みたいと思います。

 マルチン・ルターが『95箇条の提題』を発表して、いわゆる宗教改革を始めたとき、決してカトリック教会から分離、分裂することを目的としていたわけではありませんでした。そうではなく、聖書を読み、祈っていく内に、福音の真髄に気づかされたわけです。それが「塔の体験」と言われている回心体験です。気づかされたということは、当時の教会の中に福音の水脈が枯れることなく流れていたということです。何もなくてルターが突然発明したわけではありません。ですからそれは福音の「再発見」と言うのが正しいかも知れません。

 ルターが主張した宗教改革の原理として、信仰による義認、聖書のみ、恩恵のみという神学原理がありますが、これも、遡ってみれば、パウロ、そしてそれを受け継いだ古代の教父アウグスティヌスをも貫いている福音の流れがあるのです。ですから、パウロ的原理の復権ということもできます。パウロは、ガラテヤの信徒の手紙の中で、「人は律法の実行ではなく、ただイエス・キリストへの信仰によって義とされる」(ガラテヤ2:16)と繰り返し、明確に書いています。ローマの信徒への手紙は、パウロ神学の集中的表現ですが、そこでもパウロは「ただキリスト・イエスによる贖いの業を通して、神の恵みにより無償でとされる」(ローマ3:24)ということをさまざまな角度から教えています。

 1月25日は、「使徒聖パウロ回心日」でした。聖公会でも主教座聖堂で特別の礼拝を行います。サウルと呼ばれた青年時代のパウロは、ファリサイ派の一員としてキリスト教との弾圧こそが神に従う道だと考えていました。しかし、彼の中で劇的な変化が起こります。復活したイエス・キリストに出会った彼は、弾圧者から徹底した福音宣教者に転じるのです。回心後のパウロの働きには、目覚ましいものがあります。パウロがいなければ、現在のキリスト教はあり得なかったでしょう。三度に渡る伝道旅行(47年から56年まで)を成し遂げ、最後はローマまで赴きます。パウロはギリシア・ローマ世界にイエス・キリストの福音を述べ伝えた異邦人の使徒でした。少なくとも7つの書翰を書いた(一説によると10)のはこのパウロです。イエス・キリストのことを直接には知らないけれども、それだけに、聖霊に満たされて信仰の目によって福音の本質を体得したということができるでしょう。

 パウロは「フィリピの信徒への手紙」の中で、「わたしの主キリスト・イエスを知ることのあまりのすばらしさに、今では他の一切を損失とみています。キリストのゆえに、わたしはすべてを失いましたが、それらを塵あくたと見なしています。キリストを得、キリストの内にいる者と認められるためです。」と記しています。  わたくしたちはそのような劇的な回心を経験はしていないかも知れませんが、みな人生のある時に、イエス・キリストに捉えられ、洗礼を受け、クリスチャンになります。クリスチャンになるということは、生まれ変わるということです。パウロは「ローマの信徒への手紙」の中で、「わたしたちは洗礼によってキリストと共に葬られ、その死にあずかるものとなりました。それは、キリストが御父の栄光によって死者の中から復活させられたように、わたしたちも新しい命に生きるためなのです。」と教えています。もしも教会そのものが、この「新しい命」に徹することができたなら、教会の分裂は起こりえなかっただろうと思います。制度としての教会とその財産を守るという思い、あるいは当時のヨーロッパ諸国の政治的対立とのしがらみ、さまざまな世俗的な思いが不幸な対立へとキリスト者を駆り立ててしまったのではないでしょうか。もしもそうであるなら、それは人間の罪によるものです。

 わたしたちは今、この500年を振り返り、歴史的な和解へと踏み出し、同じイエス・キリストを主に仰ぐ兄弟姉妹として、敵対ではなく相互理解を、対立ではなく協力を、さまざまな多様性を認め合った一致へと歩み出さなければなりません。

<祈り>  恵み深い主よ。あなたのみ子イエス・キリストのみ名によって建てられたキリスト教会は、本来一つであるはずです。「主は一人、信仰は一つ、洗礼は一つ」です。ところがわたしたちは、長年にわたり、分かれ争ってきました。どうか、わたしたちが古い自分の思いではなく、あなたによって与えられた新しい命に生かされ、互いに尊重し、協力して「主にある一致」を実現することができるようにしてください。

(いわき あきら・川口基督教会牧師)