今回の福音書は「タラントンの譬」と呼ばれる個所です。当時、ローマ帝国下にあった小国では、皇帝に挨拶をするために自国を不在にしなければならないことがあった。そんな場合、信頼の置ける部下に自国を託する。そのような時代背景の中でこの譬が語られています。
ここでは主人は、僕(しもべ)たちそれぞれの力に応じて5タラントン、2タラントン、1タラントンを預けました。タラントンはギリシャの貨幣単位で、ローマ帝国の通貨では6000デナリオンに相当しました。「ぶどう園の労働者」の譬に出てきますように、当時の日当が1デナリオンでした。仮に1万円とするなら、10000円×6000デナリオンで、6千万円になり、5タラントンは3億円になります。かなりの日を経て主人が帰ってきまして、彼らと精算を始めました。5タラントン預かった僕は、「5タラントンを儲けました」、2タラントンの僕も「2タラントン儲けました」と報告しました。主人はその二人に「よくやった!お前は小さなものに忠実であったから、多くのものを管理させよう。主人と一緒に喜んでくれ」というわけです。
1タラントン預かった者は「私は知っています。あなたはとても厳しい方だということを。だから土の中に隠しておきました。ご覧ください」というわけです。主人はこの者を叱り、「私がそんなに厳しい者であると思っていたのか。それなら銀行に預けておけばまだ利息ぐらいは付いたものを!この者のタラントンを取り上げて、10タラントン持っている者に与えよ!だれでも持っている人は更に与えられて豊かになるが、持っていない人は持っているものまで取り上げられる」というわけです。
これは神様と私たちの関係を譬えており、私たちが「与えられている賜物を生かし用いよ!」という話です。因みに、芸能人たちのことを称して“タレント”と言いますが、その語源はこのタラントンから来ています。タレントは「与えられた賜物」を意味しています。タラントンの譬で、主人から預かった人、委託された人は、よく考えてそれを有効利用したのです。“豊かな人はもっと豊かに。貧しい人はもっと貧しくなる。”なんて、何だかこの世界の経済活動に似ています。
さて、私がこの仕事をしていく中で受けた人間関係の研修やカウンセリングの学びで出会った臨床心理の一分野に米国の精神分析医エリック・バーンが開発した「交流分析(T.A.)」というのがあります。その中に「ストローク」という概念があります。本来の意味の一つは“一撃”、“(水泳、オール)ひとかき”ですが、交流分析ではもう一つの意味の、“なでる”、“さする”の意味で用いられます。TAでいう“ストローク”というのは相手の存在を認める言葉や行動をいいます。抱っこする、頬ずりする、おぶう、握手するなどは肯定的な肉体的なストロークです。ほほ笑む、みつめる、挨拶する、褒める、励ますなどは肯定的心理的ストロークです。叱る、制止する、睨むなどは否定的心理的ストローク、叩くなどは否定的肉体的ストロークと言います。
それに対して、無視する、嫌味・皮肉を言う、罵倒するなどで、ディスカウント(値引き)、それも心理的なディスカウントです。肉体的ディスカウントは殴る、暴力を振う、殺すというものになります。普段私たちは前述のどんな行動をとっているでしょうか。TAでは、肯定的ストロークのやり取りが良くできる人は益々良い人間関係が広がっていくという意味で、「“ストローク経済の法則”が働く」などと言います。
自分のストロークの出し方は、幼い頃の親から与えられたストロークに関係していることが多く、そのことを分析し、足らなかったなと思う人はストロークをくれる人との接触を多くすることで変化していきます。肯定的ストロークをたくさん受けて溢れるほどになれば、どんどん人にも分け与えていくことができるというわけです。私たちの日常の中で、人様からしてもらった小さなことも心をこめて感謝を伝える。相手が素敵だと感じたらそれを伝える。挨拶を大切にする。嫌味をいうのは避ける、等々。それが些細なことでも大切にする。こういうことも今回の「タラントンの譬」の日常版として生かせるのではないでしょうか。