2008年1月13日 顕現後第1主日・主イエス洗礼の日
 
旧約聖書:イザヤ書 42:1-9
使徒言行録:10:34-38
福音書:マタイによる福音書 3:13-17
 
キリストと共によみがえる
 
 クリスマス(降誕日)を終え、先週が顕現日、そして今日が「主イエス洗礼の日」と、大切な日が続きます。降誕日と顕現日はどちらかと言えば幼子イエスさまに関わる日でしたが、今日の「主イエス洗礼の日」は、成人され、30代になられたイエスさまが、その公生涯、つまり宣教活動に打って出ようとされる出発点に当たる日だということができるでしょう。そして、これから私たちはイエスさまの十字架上の死と復活という出来事へと共に歩みを進めていくわけです。
 成人されてから、宣教活動を公然と始められるまでのイエスさまの生活については、余りよく分かっておりません。ナザレの村で父ヨセフの大工仕事を手伝って少年時代を過ごしたのでしょう。ヨセフは比較的早く亡くなったようですので、それからは、おそらく一家の大黒柱として家計を支えていたものと思われます。しかし、この世を救うためにご自分が神から使わされたという自覚は、次第にはっきりとしてきたのではないでしょうか。やがて、イエスさまは立ち上がる決意をなさるわけです。それは洗礼者ヨハネが活動を開始してからのことです。洗礼者ヨハネの登場はエリヤの再来と人々に思われるほど衝撃的なものでした。彼と彼のグループは、人々に神に立ち帰るように求め、罪の悔い改めを迫りました。そして、具体的な手段としては、ヨルダン川における洗礼を中心としたのです。
 洗礼のことをギリシア語で「バプティスマ」といいます。動詞形は「バプティゾー」ですが、これはもともと「水に浸す」「体を洗う」、さらに「水をくぐって死ぬ」という意味があったようです。水を使って体を清める、単に体を洗うだけでなく、宗教的な意味で浄めるという考え方は洋の東西を問わずあるようです。ガンジス川での沐浴は有名ですし、日本でも水に打たれて修行をするというのは、修験道だけでなく、かなり一般的に行われています。ヨハネの行った洗礼も、水に浸かることによって罪を洗い流すという意味があり、当時ヘロデ王家とローマ帝国の支配によって神から遠く引き離されていた多くのイスラエル人は先を争ってヨハネの洗礼を受けに来たことが聖書にも記されています。キリスト教は、この洗礼を入信の儀礼として受け継ぎました。パウロは復活のキリストに出会って改心するときに、「洗礼を受けて罪を洗い清める」ために洗礼を受けたと使徒言行録には記されています。しかし、キリスト教会の洗礼の意味は単に「浄め」ということだけではありません。それは第一に、聖霊のたまものであるとされています。聖霊は洗礼の前においても、洗礼そのものにおいても、また洗礼を受けてからも、私たちの命に働きかけてくださいます。そして、神は洗礼を受ける人々に聖霊を注ぎ、彼らの心のいつに信仰の命を育み養われるのです。今日のイエスさまの洗礼の場面でも、聖霊が鳩のように降ったと記されています。
 第二に大切なことは、洗礼はキリストの体である教会共同体に参加する証しであるということです。洗礼によって私たちは、キリストとの一致、キリスト者相互の一致、そして時と場所を越えた普遍的教会の一致へと導かれます。信仰によって、新しい神の家族の一員として正式に迎え入れられ、洗礼はそのしるしなのです。エフェソの信徒への手紙の中に、「主は一人、信仰は一つ、洗礼は一つ」(4:5)という言葉がありますが、洗礼を受けた私たちは、その洗礼がどのような形であれ、みな互いに兄弟姉妹として認め合うのです。
 しかし、一番大切なこと。それは、私たちは洗礼によって、イエス・キリストの死と生、その復活に与るのだということです。パウロはローマの信徒への手紙の中で、「わたしたちは洗礼によってキリストと共に葬られ、その死にあずかるものとなりました。それは、キリストが御父の栄光によって死者の中から復活させられたように、わたしたちも新しい命に生きるためなのです。」(ローマ6:4)と書いています。そして、ここに洗礼の一番大切な意味があります。
 初代教会の人々にとって、神の子であるイエスさまがなぜ罪の赦しである洗礼をヨハネから受けられたのかは重大な問題でした。罪を犯しておられないイエスさまがなぜ洗礼を?だから、今日の福音書であるマタイ福音書第3章では、ヨハネに「わたしこそ、あなたから洗礼を受けるべきなのに、あなたが、わたしのところへ来られたのですか。」と言わせているのです。私たちがその答え見つけるためには、イエスさまは神の子なのに、なぜわざわざこの世に来られたのかということを考えなければなりません。なぜ、イエス・キリストはこの世に生を受けられたのか。それは、神を離れ、「罪」という性を背負ってしまった人間を救うためでした。イエスさまはよく徴税人や罪人とされる人々と共に食事をされましたが、それを見て、律法を遵守することこそ救いへの道だと考えていたファリサイ派は批判します。「なぜ、あなたたちの先生は徴税人や罪人と一緒に食事をするのか」。これを聞いて、イエスさまはこう言われたと福音書には書かれています。「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。」(マタイ9:12)そうです。イエスさまはこの社会で罪に苦しみ、さまざまな思いに悩む私たちを救うために来られたのです。そして、それはまず、罪人と連帯すること、罪を共に担うことから始まりました。イエスさまは、人間と同じ肉体をとり、人間と同じ、しかも苦労の絶えなかった貧しい庶民の子として育ち、やがて、私たちと共に罪を担う決定的な証しとして、洗礼をお受けになったということができるでしょう。ですからイエスさまは、「今は、止めないでほしい。正しいことをすべて行うのは、我々にふさわしいことです。」と言われたのではないでしょうか。また神はそれを祝福して、「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という声をかけられたのではないでしょうか。
 ここで「罪」という問題について少し考えてみたいと思います。キリスト教が言う「罪」(sin)は、「犯罪」(crime)とは異なります。それは、私たちにとって根源的である、命を支えてくださる存在、神から離れ、神に背を向け、他人を犠牲にし、自己中心的に生きる傾向を表しています。ですから、私たちはみな例外なく罪人だということができます。犯罪は犯していなくても、自己中心的な決断を日々しているのではないかと思います。そのような「罪」は、人間の努力によってだけでは決してぬぐい去ることはできません。昨今の社会面を賑わしている暗いニュースは、根本を掘り下げればみなこの自己中心性に突き当たりはしないでしょうか。そしてその自己中心性は、私たち一人一人の心の中にも潜んでいるように感じます。イエス・キリストは私たち人間のそうした消し去りがたい「罪」を共に担うために、自ら罪の赦しの洗礼を受けられたのでした。
 それは、神の側から人間に近づき、人間と連帯するための決定的な行為でした。「愛」の反対概念は「無関心」であると言われます。そういう意味で言うと、これはまさに神の「愛」の行為です。神の側から関わりをもってくださった。そしてイエス・キリストは私たち人間と同じ罪を背負って十字架についたのです。そのことを聖書は、「古いアダムはキリストと共に十字架につけられた」と表現しています。洗礼によってキリストの死に与った私たちは、もやは罪の奴隷ではなく、自由な人間とされるのです。そして、そのイエス・キリストを神が復活させらたことによって、洗礼を受けた私たちもまた生まれ変わるのです。洗礼を表すギリシア語「バプティゾー」が「水をくぐって死ぬ」という意味を持っているのはそのことを表しています。旧い自分は死に、キリストの復活と共によみがえるのだというのが洗礼が持っている大切な意味です。
 私は現在、神戸教区の信徒神学塾のために、『教会問答』の解説を毎月書いています。受講生の中に、広島刑務所の受刑者がおられます。オネシモ岡田良一さんです。彼は福岡県の小さな炭坑町で3人兄弟の末っ子としてこの世に生を受けました。しかし、父親の家庭内暴力のすさまじさだけが鮮明に記憶として残り、そのあげく母親は突然失踪するという少年時代でした。兄弟は別々に養護施設にあずけられ、彼は中学校を卒業して社会に出るまで、その施設で生活し、16歳で独り暮らしをする頃には、全くの天涯孤独となっていました。色々な想いの中で”死というものに取り憑かれて、リストカットを繰り返しましたが、死というものにさえも見離され、絶望し、急坂を転がり落ちるかのように前科、前歴を重ねたといいます。少年院を振り出しに、少年刑務所、成人刑務所と入出獄をくり返し、気がつけば、広島で暴力団関係者として生活していました。平成12年に刑務所を出所した後、恩義のあった知人の一人にだまされて、放火事件を起こしてしまいます。その知人は、Mさんという人が借金で困っている、火災保険で返済したいからMさんの家に放火してくれと言ったのですが、それは嘘であったことが分かります。それは単に自己の金銭欲を満たすべく土地売買にからみ、M氏をその土地から追い出そうと計ったことだったのです。岡田さんはこの知人を恨み、憎悪でいっぱいになります。しかし、この知人も殺人罪で逮捕され、その取り調べの過程で岡田さんの名もあがり、逮捕、収監されます。拘置所で過ごす内に彼は聖書にふれる機会を与えられます。ふと開いたページに「不当な憤りには弁解の余地がなく、理不尽な憤りは身の破滅を招く」(シラ書1:22)というみ言葉を見つけた彼は、愕然とします。それは自分のことではないか。そして岡田さんは聖書を読みあさります。数ヶ月後裁判の席で彼は「確かに過去、恨みもし、殺そうとまで思ったけれども、今は恨みも憎しみもない」と言い切ることができたのです。
 その岡田さんに手を差し伸べたのは、柏聖アンデレ教会の宮崎司祭、そして芦屋聖マルコ教会の畑野寿子さんと広島復活教会の小林尚明司祭でした。これらの信仰者との交流の中で、彼は自分の罪を償うために6年6ヶ月の懲役に服することを受け入れることができるようになりました。そして彼は、今では出所した後に伝道者の道を歩みたいと願っているそうです。『神さまのみ心を求める者同士は決して孤立せず、常に深い絆で結ばれている」というある書物の言葉がオネシモ岡田良一さんに希望を抱かせ続けています。彼こそは、まさにイエス・キリストの死と復活に与ったということができないでしょうか。
 
<祈り>
私たちの苦しみ、悩みをすべてご存じの恵み深い主よ。み子イエス・キリストは、私たちの罪を共に引き受けるために、ご自分は何の罪もないお方でありながら、ヨルダン川でヨハネから洗礼をお受けになりました。それは、私たちと同じ低さに立ち、私たちをその十字架上の死と復活に与らせてくださるためでした。感謝いたします。どうか私たちも、洗礼によってイエス・キリストの枝につながれ、共によみがえりの命に与ることができますように。