2007/6/10 聖霊降臨後第2主日〈特定5〉
 
旧約聖書:列王記上17:17-24
使徒書:ガラテヤの信徒への手紙1:11-24
福音書:ルカによる福音書7:11-17
 
 
使徒パウロの誕生
 
 今日、使徒パウロの誕生という題でお話をさせていただきます。「誕生」といっても、この世に「オギャア」といって生まれた出来事のことではありません。復活のイエス・キリストに出会って、キリスト者として生まれ変わり、世界に福音を宣べ伝えるために起ち上がったという出来事のことです。
 以前にも幾度かお話をしたことがありますが、パウロはユダヤ名をサウロといい、タルソスというところで生まれたユダヤ人でした。タルソスというのは、今のトルコの南東部にあり、当時、ヘレニズム(ギリシャ風)文化が栄えた都会です。当時の地中海世界にはアレクサンドリアやアテネといった文化都市が存在していましたが、タルソスもそれに劣らない繁栄を誇った町で、ストア派の哲学や演説の学問である修辞学などが盛んでした。また、密儀宗教といって儀式の中で神と合体することを目指す新興宗教も流行っていました。ローマ帝国のキリキア州の首都で、その住民はみなローマ帝国の市民権を与えられていたのです。そんな国際文化の華やかな環境の中で、ディアスポラのユダヤ人(つまり、地中海世界の各地に移民していたユダヤ人)達はユダヤ人としての誇りを持って、民族のアイデンティティを保っていました。サウロもまたその中の一人でした。少年時代はユダヤ教のシナゴーグ(会堂)に熱心に通い、聖書(ギリシャ語訳の旧約聖書)の言葉に耳を傾け、イスラエル=ユダヤ民族こそが神に選ばれた優れた民族だという誇りを育てられました。そのようにして少年サウロの心の中にはユダヤ教の律法こそが救いへの道であることが知らず知らずのうちに刷り込まれていきました。やがて青年となったサウロはユダヤ教の本山であるエルサレムに上って、律法の研究に専念することになりました。ちょうど、中世の仏教のお坊さんがみな比叡山に登って修行したのと同じことです。当時エルサレムには、ガマリエルという有名なファリサイ派の律法の教師がいて、その弟子になるためでした。使徒言行録22:3には次のようなパウロ自身の言葉が記されています。「わたしは、キリキア州のタルソスで生まれたユダヤ人です。そして、この都で育ち、ガマリエルのもとで先祖の律法について厳しい教育を受け、熱心に神に仕えていました。」ですから、律法の点ではエリート中のエリートだったのです。もともとファリサイというのは、「分離する」と言う意味のパーラシュというヘブライ語から来た言葉で、自らの清らかさを保つために他の人々から自らを分離する者、異邦人と異邦人の影響から自らを分離する者ということを意味しています。今で言うなら、原理主義の民族主義者とでも言えるでしょうか。ですから、その中のエリートであったサウロが、律法以外の宗教や思想、文化を排斥することに熱心になったのは当然でした。本日の使徒書「ガラテヤの信徒への手紙」の中でパウロは言います。「わたしは、徹底的に神の教会を迫害し、滅ぼそうとしていました。また、先祖からの伝承を守るのに人一倍熱心で、同胞の間では同じ年頃の多くの者よりもユダヤ教に徹しようとしていました。」いかがでしょう。パウロ(サウロ)という人の人物像が目に浮かんでくるように思います。そして、使徒言行録によると、最初の殉教者であるステファノが群衆によって石打の刑に遭うとき、ステファノの処刑に賛成してその群衆の衣服を預かり、見張りをしていた青年がサウロであったということです。
 サウロ(パウロ)のここまでの人生は、ある意味では順風満帆のエリート人生だったと言えないでしょうか。そして、その中で自分の生き方に自信を持ち、律法に従うことこそが神に従う道だと信じて疑わなかった正義感に満ちた自信家の青年であったのです。しかしそれは同時に、一つの信念に凝り固まった人間が、それを絶対視するとき、他人をいかに抑圧してしまうか、またそこから解放され、脱却することがいかに難しいかということを示しています。それを律法主義というのだと思います。律法そのものが当時の社会で果たしていた役割は大切なものであったかもしれません。しかし、それを振り回し、違う意見や文化、価値観をもった人々を抑圧する道具に変えてしまうとき、律法主義が生まれます。イエスさまが一番お嫌いになったのがこの律法主義でした。わたしたちも、自分は正しいという思いが強すぎると、えてしてその思いを他人にも押しつけ、他人が自分に従うように要求してしまいます。愛に生きるはずの教会でときにもめ事や争いが発生するのは、そのような場合ではないでしょうか。正義感がいけないというのではありません。問題は、ひょっとして相手の価値観や主張にも正しいところがあるのではないかと考える想像力、心の余裕です。また、結論は神様にお委ねするというへりくだった心です。そして、サウロは、いつしかそのような余裕のない律法主義者となっていたのです。
 しかし、そのサウロ(パウロ)が復活のイエス・キリストに出会うことによって生まれ変わるという大変なことが起こりました。その様子を使徒言行録では、突然天からの光が彼の周りを照らし、「サウル、サウル、なぜ、わたしを迫害するのか」と呼びかける声を聞いた、と劇的な、絵画的な描写をしています。今日読まれましたガラテヤの信徒への手紙ではそのような表現は用いられておりませんが、サウロの人生がある時点で180度変わり、名前もギリシャ名でパウロと呼ばれることとなり、それからをイエス・キリストの使徒として一生を捧げるに至った様子をうかがい知ることができます。それは、意識されずに自分の中にあった「ひょっとしたら、この人たちの方が正しいのかもしれない。」「自分は間違っているのかもしれない」という思いと、自分の正義意識との矛盾が最高点に達して爆発したということかもしれません。しかし今日わたしたちは、聖霊降臨後の節に因んで、それを「聖霊の働き」と理解することができると思うのです。パウロは地上のイエスさまを知りませんでした。しかし、聖霊の働きによってパウロは、イエスさまが十字架に付き、復活されたことの本当の意味を知りました。それは、聖霊降臨があってから7年ほどたった頃と考えられます。パウロはコリントの信徒への手紙一の中で「最後に、月足らずで生まれたようなわたしにも現れました。」と語り、他の弟子たちに比べで「使徒たちの中でもいちばん小さな者であり、使徒と呼ばれる値打ちのない者である」と認めています。しかし、今日のガラテヤ書の中では、「わたしはこの福音を人から受けたのでも教えられたのでもなく、イエス・キリストの啓示によって知らされた。」と語り、「わたしを母の胎内にあるときから選び分け、恵みによって召し出してくださった神が、御心のままに、御子をわたしに示して、その福音を異邦人に告げ知らせるようにされた」とまで言い切っています。それは、地上のイエスさまを直接に知らなくても、神の恵みによって、聖霊の働きによって、イエスさまの弟子になることができる、その福音を宣べ伝えることができる、という確信にあふれています。また、パウロは「わたしはこの福音を人から受けたのでも教えられたのでもなく、イエス・キリストの啓示によって知らされた。」と記しています。もちろんイエス・キリストの教えについて全く知らなかったわけではありません。コリントの信徒への手紙一には「最も大切なこととしてわたしがあなたがたに伝えたのは、わたしも受けたものです。」とありますので、ごく基本的なことについてはパウロもエルサレムで他の弟子から伝えられたに違いありません。また、当時の教会ではそのような初歩的な形の信仰告白(使徒信経のようなもの)が伝えられていたのでしょう。しかし、大切なことは、パウロは聖霊の導きによって、イエス・キリストを知り、律法主義を打ち破り、狭いユダヤ民族主義を突き抜けて、全世界に告げ知らせるべき福音をしっかりとつかんだということです。パウロは回心後すぐに洗礼を受け、クリスチャンになりますが、自分に示された福音の真理があまりにも重いものであったため、しばらくの間は黙想と祈りの時を過ごします。「アラビアに退いた」というのはそういう意味だと思います。そして、彼は三年後エルサレムに行き、やがて異邦人のための使徒として、原始教会に迎えられるようになるのです。使徒パウロの誕生です。
 パウロの経験は、私たちに大きな励ましを与えてくれます。私たちは、地上のイエスさまとは2000年の時を隔てています。また、空間的にも日本とイスラエルとでは大きな距離があります。しかし、イエスさまに会ったこともないパウロが、聖霊の導きによってイエス・キリストの福音の真髄を示されたのであれば、私たちもまた時と空間を超越した聖霊の働きによって、また神の恵みによって、イエス・キリストを知ることができるはずです。私たちには聖書が与えられており、使徒信経やニケア信経があります。しかし、それとても、イエスさまの業と言葉を収めるには小さすぎるに違いありません。しかし、パウロが伝えられたように、私たちもその「伝えられたこと」を聖霊の導きによって豊かに実らせることができます。聖公会は伝統を大切にすると言われています。しかし、伝統を大切にするとは過去にとらわれるということではありません。そうではなく、私たちが伝えられたことを未来に向かって豊かに発展させる、ということなのです。私たちが暮らしているこの現代日本の社会において、また、世界において、イエス・キリストの十字架と復活、そして律法主義を突き抜けた愛の福音をどのように人々に伝えなければならないのか。私たちも祈り求めなければならないと思うのです。
 
<祈り>
恵み深い主よ。あなたは、律法主義の虜になっていたパウロに御子イエス・キリストの福音を示し、使徒として召し出すという恵みをお与えになりました。どうか、私たちにも、時と空間を超えたあなたの霊によって真理を示し、あなたの使徒として召し出してください。そして私たちがこの日本社会において、御子による罪の赦し、愛と和解の福音を豊かな形で人々に伝えることができますように、聖霊によって私たちを励まし、用いてください。