2007年2月4日 顕現後第5主日(C年)
旧約聖書:士師記6:11-24a
使徒書:コリントの信徒への手紙一 15:1-11
福音書:ルカによる福音書5:1-11
小さい者への招き
今日の旧約聖書は、ギデオンの物語です。当時のイスラエルは王国ではなく、いわば宗教的部族連合でした。必要な場合には、士師が登場し、各部族に号令を下して外敵と戦い、また、部族間、部族内部の争いを調停していました。ギデオンが神に召され、士師として活躍したのは、イスラエル民族にとってはいわば最悪の事態においてでした。ミディアン人という砂漠の民が、東方の荒れ野から収穫期のイスラエルの村々を襲撃し、略奪を行ってきたのです。危急存亡の時でした。そのようなときに、ギデオンは神に召されます。それは決して彼が勇敢で強かったからではありません。むしろその反対でした。彼の一族は、マナセという部族の中でも最も貧弱な一族であったとギデオン自身が言っています。しかも、彼は最年少。決して人々に誇れる立場にはなかったのです。ギデオンはなかなか慎重で警戒心も強い人だったようで、主のみ使いが訪れたとき、ミディアン人の略奪を逃れるために、酒ぶねの中で小麦を打っていました。イスラエルの人々は、大きな岩にほりこまれた「酒ぶね」というくぼみの中にぶどうを入れて素足で踏みつぶしてぶどう酒をつくっていたのですが、その大きな酒ぶねの中に入って、外から見えないようにして麦を打っていたというのです。そして、主のみ使いが現れても、実はなかなか信用しません。「しるしを見せてください」と要求します。そして、献げ物をした後、主のみ使いが杖を差し伸べて、火を燃え上がらせ、肉とパンを焼き尽くして初めて、主のみ使いであることを認めるのです。そんなギデオンを主は召されます。そして、イスラエル人をミディアン人の手から救い出すという重大な任務を授けます。
神は決して強く、おごり高ぶった者を用いることはなさいません。モーセも召命を受けたとき、一介の亡命者でした。エジプトで同胞を救うために人を殺し、追放されていたのです。そしてミディアン人の女性と結婚してその家族となっていたのでした。そのミディアン人と、彼の子孫が後に戦うことになるのは皮肉なことです。モーセも召命を受けたとき、私のような非力な者にそんなことができるはずがないといって必死になって断ります。しかし、神は「私が必ずあなたと共にいる」と言って、モーセをエジプトに遣わされるのです。預言者サムエルもまだ少年の時に、主のみ言葉を取り次ぐことを命じられ、何も分からないまま、「主よ、お話し下さい。僕は聞いております。」と答えたのです。神は、小さく、弱い者をかえって用いられる、ということを私たちはしっかりと心に留めておかなければならないと思うのです。
さて、ギデオンは主の呼びかけに応じて、イスラエルの各部族に招集をかけて、戦う部隊を編成します。最初に集まったのは3万2千人。十分な数でした。ところが神は、こう言われるのです。「あなたの率いる民は多すぎるので、ミディアン人をその手に渡すわけにはいかない。渡せば、イスラエここでは、ペトロの罪悪感とそれに対する赦し、神の大いなる恵みとそれに応えようとするペトロの召命感とが、鮮やかな形で描かれています。ルはわたしに向かって心がおごり、自分の手で救いを勝ち取ったと言うであろう。」(7章2節)。そこで、彼は2万2千人を帰し、1万人だけを残します。しかし神は、まだ多すぎると言って、結局、敵の前で十分な警戒心があり、勇敢な300人だけを残し、その300人でミディアン人を攻撃させるのです。深夜に、角笛と松明をもって、「主のために、ギデオンのために」と叫んで敵陣を包囲します。驚いたミディアン人たちは大混乱を起こし、同士討ちを始め、逃げてしまったのです。ここにも、神さまの戦い方、弱くて小さいけれども、信仰に燃え、謙虚に神の意思を行おうとする人々を用いられる仕方が示されています。これは戦争の話で、現代の私たちにとってはあまり嬉しくないストーリーなのですが、戦争でなくても、私たちが人生の中で歩むとき、自分が大きく、立派であると思っている時、得意の絶頂にあるときには、神は決してその人を用いてはくださらない。むしろ、傷つき、打ち砕かれたとき、絶望の淵にあるときにこそ、神はその人を立ち上がらせ、強め、その栄光を表すために用いてくださるのだと言えないでしょうか。ギデオンはこのように神の器として用いられたのですが、晩年は、思い上がり、戦利品である金銀で偶像を造るという罪を犯してしまいます。そして、その息子であるアビメレクは、王にまでなろうとして兄弟やその親族を皆殺しにするという大罪を犯すのです。
さて、今日の福音書は、ペトロの召命の場面です。マルコによる福音書では、ペトロはただ「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」というイエス様の言葉を聞いて、すぐに網を捨てて従ったとありますが、ルカによる福音書には、それにいたるエピソードが記されています。シモン(ペトロの本名で、ペトロというのは「岩」という意味のニックネームです)は、一晩漁に出て一匹の魚も捕れずに疲労困憊しています。イエス様はそのペトロに近づき、沖にこぎ出して網を降ろしなさいと言われるのです。ペトロは疲れ果ててはいましたが、イエス様の言葉に従う気持ちは持っていましたので、その通りにしてみます。すると、おびただしい魚がかかり、大漁になるという奇蹟が起こります。注目したいのはそのときのペトロの反応です。ペトロは小躍りして喜ぶのではなく、恐れおののき、イエス様の足下にひれ伏して、「主よ、私から離れてください。私は罪深い者です。」と言ったのです。ペトロは自分がとてもイエス様とお付き合いできるような人間ではない。このような奇蹟を起こすお方には近づくことができないということを自覚していました。実はこの物語は、ヨハネ福音書では時と形を変えて、復活されたキリストがガリラヤで漁師に戻っていたペトロたちのところに現れたという復活物語になって記されています。ここでは、ペトロの罪悪感とそれに対する赦し、神の大いなる恵みとそれに応えようとするペトロの召命感とが、鮮やかな形で描かれています。ペトロは、仲間の漁師たちと一緒に、ガリラヤに帰って、再び漁を始めていました。イエスさまの十字架刑の後に、絶望のどん底に陥り、出口の見えないままとりあえず、すがるような気持ちで自分たちの活動の原点であるガリラヤ湖に帰ったのかもしれません。しかもペトロは、ユダヤの支配者たちに捕まったイエスさまを前に、「こんな人は知りません」と3度も言ってしまった、いわば「裏切った」という思いがあります。それはどんなにか辛い思いだったでしょう。そんな苦いものをうちに秘めつつ、ペトロは仲間の漁師と共に船を出しました。しかし、その夜、魚は一匹も捕れませんでした。ところが、がっかりしていたペトロたちの前に、復活のイエスさまが現れたのです。はじめ、彼らはそれがイエスさまだとは気づきません。イエスが「舟の右側に網を打ちなさい」と言われたのでその通りにすると、網を引き上げることができないほどの大漁になりました。その時初めてそれが主キリストであることに気づいたペトロは、あわてて上着を着て湖に飛び込んだとあります。湖に飛び込むのに「上着を着た」というのが少し滑稽なのですが、それはキリストに対するある種の畏れと、遜りの気持ちから自然に出てきた行動なのでしょう。そしてイエス様は、ペトロに「私を愛しているか」と3度尋ねられます。三度尋ねたというのは、三度「こんな人は知らない」とイエスを否定したペトロの罪を暖かく包み込んで赦してやろうという愛の業でした。ペトロはきっとそのとき、自分の犯した罪の恐ろしさに再びおののくと共に、それを赦してくださるイエス様の愛の深さに心を打ち振るわせたと思います。ペトロが三度「はい、主よ。私があなたを愛していることは、あなたがご存じです。」と答えると、キリストは「私の羊を飼いなさい」と告げるのでした。
ここにも、弱く小さな者を、かえって神は生かされ、用いられるということが表されています。ペトロが立派な弟子だからではなく、ペトロが失敗もし、裏切りもし、そしてそのことにおののきもする、ある意味で普通の人間、大人物ではなく、小人物であるからこそ、イエス様は彼を愛し、彼に「私の羊を飼いなさい」つまり、宣教の業に携わることを命じられたのではないでしょうか。
先月の朝祷会で高石教会の牧師夫人である大門セイ子さんが紹介してくださったTさんのことに触れたいと思います。この方は、高石で開かれている川柳の会のメンバーでしたので、私の妻や他にもこの教会の方でご存じの方がおられると思います。Tさんは4,5年前に洗礼をお受けになったクリスチャンですが、ご自身が膠原病にかかり、その上ご主人が肺ガンにかかり入院されました。ご主人はお亡くなりになる1週間前に、病床で洗礼をお受けになり、クリスチャンとして天に召されました。しかし、ご主人を天国に送り出してから、Tさんは強度の鬱状態になり、ご自分の毎日の生活も覚束なくなるほどでした。字も書けなくなってしまいました。しかしそんな中で、周りのさまざまな方の支えによって、高石教会の礼拝に時々出席なさるようになりました。その時分に私の妻がTさんからいただいた一通の手紙があります。福音歌集のCDをお送りしたことへの礼状です。その一部を読ませていただきます。「死ぬことは新しく生まれることなんですね。やっと主人は大きな空を吹き渡り光になり星になっていつも私たちを励まし見守ってくれていると信じることができました。小さな出会いからこんなに暖かいつながりをいただけましたことは神さまのお恵みでしょうか。今日は教会に行ってきました。本当に帰るべき場所だと感じました。」そして、鬱病から次第に立ち直った彼女が入院中に、同じ膠原病に苦しむ人々に、三浦綾子さんの『ちいろば先生物語』という本を薦めて回っていたということが分かりました。その本を読んで励まされた方からのTさん宛の手紙が高石教会に寄せられたからです。さらにTさんは現在、同じ膠原病に苦しむ人々と共に話し合いと分かち合いの会を開き、イエス様の愛の素晴らしさを証ししておられるということです。
今日の福音書でイエス・キリストは、4人の漁師を召され、人間をとる漁師となさいました。それは救いの網を、この世に投げるということです。自分自身では弱く小さな私たちもまた、苦しんでいるとき、悩んでいるときに、この救いの網の目に掬い取られ、神の家族、イエス・キリストの弟子とされたのです。そしてそれは、同時に私たちがイエス・キリストによって召され、自分自身で今度は小さな網を投げる、あるいは、身の回りに投げられた網の目を繕うという仕事を託されているということでもあると思います。主は強く、おごり高ぶった者を用いられません。それは、漁業資源を取り尽くす大きなトロール船のようなものです。神の救いは、一人ひとりが投げる手投げの網が、互いに連なっていくような仕方で広がっていくのではないでしょうか。救われた者が今度は、救いの輪を広げていく。Tさんの姿はそのことを教えているように思います。
<祈り>
恵み豊かな神よ。あなたは、いつも、弱く小さな者を用い、救いのみ業を進めてこられました。私たちは皆、一人ひとりは小さい者です。しかし、あなたが投げられた救いの網によって掬い取られ、神の家族とされました。今度はどうぞ、この弱く小さな私たちをあなたのご用のためにお召し下さい。私たちもまた、あなたの救いの業に加わらせてください。暗いことの多いこの世で、どうぞあなたの聖霊を注いでください。