2006年6月4日 聖霊降臨日
 
旧約聖書:イザヤ書44:1-8
使徒言行録:2-1-10
福音書:ヨハネによる福音書20:19-23
 
平和の使者ー聖霊
 
 今日は聖霊降臨日、復活されたイエスさまが昇天され、それから10日後に約束された聖霊が弟子たちの上にくだり、お弟子たちが意気込みに燃えて、イエス・キリストの出来事を世界に宣べ伝え始めた日です。復活日から50日目にあたり、ユダヤ教の五旬祭に当たるため、50という意味からでてきたペンテコステという言葉でも呼ばれます。一般にキリスト教会の誕生の日として祝われており、この堺聖テモテ教会もこの日を教会創立記念日と定めています。今年で117年を迎えるわけです。
 今日の使徒言行録を見ますと、人々が祈りのために集まっていると、突然激しい風が吹いてくるような音が聞こえ、炎のような舌がわかれわかれに現れ、一人一人の上にとどまった、と記されています。すると、一同は聖霊に満たされて、他の国々の言葉で話し出したのです。実際にどのようなことが起こったのかは、はっきりとは分からないのですが、私たちはここから大切なことを学ぶことができると思うのです。それは人々が、言語の障害を乗り越えて、意思と心を通じ合わせることができるようになったということです。人間は、「自分たちは偉大だ」という思い上がりから、天まで届くバベルの塔を建設し始めたのですが、人間の傲慢を懲らしめるために、神は人間の言葉をバラバラにされ、人々は意思を通わせることができなくなりました。創世記11章に出てくる有名な箇所です。その結果私たちは、言語の壁によって阻まれ、互いに理解し合うことが困難になりました。言語だけではありません。悲しいことに、さまざまな文化的相違、習慣の違いなどによって私たち人間は民族や国家に分断されています。それから数千年後、神さまは聖霊を贈り、イエス・キリストの弟子たちに、様々な国の言葉を話させてくださったのです。もちろん私たちは今でも、他文化の人々と十分なコミュニケーションがとれないでいます。しかし、ペンテコステの日に起こったこの出来事は、神さまの力による和解の始まりを示していると言えないでしょうか。しかも、バベルの塔以前の状態に無理矢理戻し、一つの言語に統一するという方向ではなく、多様な言語を認めつつ、みなが理解し会うことによって一つになるという、そのような和解の始まりではないかと思うのです。
 聖パウロは「エフェソの信徒への手紙」の中で、「実に、キリストはわたしたちの平和であります。二つのものを一つにし、御自分の肉において敵意という隔ての壁を取り壊し、規則と戒律ずくめの律法を廃棄されました。こうしてキリストは、双方を御自分において一人の新しい人に造り上げて平和を実現し、十字架を通して、両者を一つの体として神と和解させ、十字架によって敵意を滅ぼされました。 キリストはおいでになり、遠く離れているあなたがたにも、また、近くにいる人々にも、平和の福音を告げ知らせられました。」(2:14-17))と記し、私たちに対して「平和のきずなで結ばれて、霊による一致を保つように努めなさい。体は一つ、霊は一つです。それは、あなたがたが、一つの希望にあずかるようにと招かれているのと同じです。主は一人、信仰は一つ、洗礼は一つ、すべてのものの父である神は唯一であって、すべてのものの上にあり、すべてのものを通して働き、すべてのものの内におられます。」(4:3-6)と勧めています。これはまざに、聖霊の働きによって平和が実現する、私たちは一つになれるということを意味しています。ある意味で、聖霊こそが平和の使者、平和の作り手(peace maker)なのです。
 今日は、この礼拝堂の前にあるステンドグラスがアメリカから贈られて、50周年(本当は昨年が50年ですが)を記念する「記念銘板」を礼拝堂に設置して、ともに感謝の祈りを献げようという礼拝でもあります。ステンドグラスやそれをこの教会にもたらしてくださった人々に思いをはせ、神に感謝するために、私たちは集められているのです。このステンドグラスは、第二次世界大戦によって分断され、敵対した日本とアメリカ、その他の国々との和解のしるしであるといっても良いでしょう。それに連なる人々としては、何よりも先ず、ミセス・リードのことをお話ししなければならないでしょう。(私自身は新任の牧師ですので、ミセス・リードのことは全く存じ上げないのですが…)ミセス・リードはご主人を戦争の中で失われたのですが、その悲しみを乗り越えて、1952年、朝鮮戦争のさなかにかつての敵国であった日本に来られ、堺市金岡・米陸軍病院外科勤務で秘書として勤務されました。その間、堺聖テモテ教会や聖ルカ教会の礼拝に出席され、同時に戦災孤児が多数暮らしていた東光学園でも、ボランティアとして熱心に仕事をされたようです。当時貧しかった日本の人々のため、そして特に少女たちのために献身的に働かれた様子は、当時のことを知る方たちの言葉によって、生き生きと語られています。ある方は、「長身で背を少々丸くし、金髪を無造作にまとめ、にこやかな笑顔と真っ赤な口紅が印象的でした。また、いつも大きなバスケットをもっていました。その中にはキャンデーやチョコレートだけでなく、夢と希望と愛までが入っているように思えました。毎週土曜日の午後、東光学園を訪ねてくださり、少女たちを集め、何をするのか分からないままにリード先生のもとに集まり、おしゃべりやゲームをして遊びました。回を重ねるたびに、いろいろなプログラムが考えられ、カード作り、クッキー作り、手芸などと毎週が待ち遠しくなりました。」と書いておられます。そうしてできあがったのが、GFS、Girls' Friendly Societyだったのです。GFSそのものは、1875年に英国教会(英国聖公会)で作られた少女たちのグループで、故郷を離れて紡績工場で働いている少女たちに、キリスト教の愛と奉仕の交わりを通じて友情とリクレーションの場を提供するというのがその目的でした。それから、アメリカに渡り、世界の聖公会で組織され、特に貧しい家庭の少女たちに夢と希望を与えてきました。ミセス・リードはまさに、その目的を実践されたのです。かつて戦争によって引き裂かれた日米両国、そして日本とその他の国々の間の和解と平和への願いがそこにはありました。そのミセス・リードから聞かれたのでしょう。カリフォルニア州パサデナのO.J.ナース司祭夫妻が、ロサンゼルスのジャドソン工房の人たちに、「大阪の教会の少女たちが、教会を美しく飾って、礼拝に来た人々が霊的に励まされるようにしたい。」ということを伝えたところ、ジャドソン工房の人たちが喜んで勤務時間外にステンドグラスを作り、1000ピース以上からなるこのステンドグラスを2年がかりで作り上げ、このテモテ教会に贈って下さったのだ、と当時の英字新聞には報道されています。デザインは、おそらく韓国系アメリカ人と思われるロサンゼルスのアーサー・パーク氏によるもので、ロサンゼルス教区主教の祝福を受けたとも報道されています。ステンドグラスには、19世紀の創立以来のGFSの標語、「汝ら互いの労の重きを負へ(互いに重荷を担いなさい。)」(ガラテヤ6:2)が記されています。自己中心的に生きるのではなく、互いに愛し合い、助け合うべきだというGFSの精神が現れています。ステンドグラスの奉献式は、1955年5月29日に行われ、そのときに、聖歌492番が歌われたと新聞には載っています。歌の歌詞は、「主イエスにありては、世のくにたみ、東と西との隔てぞなき」というものです。まさに戦後の和解を表したものです。
 今日私たちは、そのステンドグラスが奉献されてから50年(51年)を記念し、感謝を献げています。しかし、同時に私たちは、未だに世界に平和が訪れていないという事実にもしっかりと目を向けなければならないのではないでしょうか。先日、エルサレムおよび中東聖公会(本日の代祷表にあがっています)のエルサレム教区主教・リアハ・エル・アブ・アッサール主教が大阪に来られ、梅田の聖パウロ教会でお話をして下さいました。主教は、パレスチナ人であり、イスラエル国籍をもっておられ、もちろんクリスチャンです(ちなみに主教はイエスさまと同じナザレの出身です)。ある意味ではユニークなお立場にある方です。パレスチナというと大きな宗教はイスラム教ですから、「一体いつあなたはキリスト教に改宗されたのですか?」と人から尋ねられるそうですが、私も驚いたのですが、主教のお答えは、「私たちの祖先は、西暦33年からクリスチャンです。彼らは、聖霊降臨の日にエルサレムにいたのです。」というものでした。聖霊降臨日にエルサレムにいた!それはつまり、全くの初代教会から、2000年にわたって信仰を継承しているということではありませんか!全く驚くべきことです。パレスチナにいるクリスチャンの中には、そのような人々がいるのです。ところがそのパレスチナは今、戦争によって引き裂かれています。イスラエル国家が、アラブ系であるパレスチナ人の権利を認めず、圧迫を続けているために、それに抵抗する闘争もやまず、テロと戦争の応酬になっているのです。今、イスラエルは戦争によって占領したヨルダン西岸地域とガザ地区に高い隔離壁を築き、そこを軍事的・物理的に封鎖して、物資やお金が行き渡らないようにしています。いわば兵糧攻めです。でも、そんなことで、イスラエルに対する抵抗がなくなるでしょうか。平和が訪れるでしょうか。真っ先にその犠牲となるのは、何の罪もない幼い子どもたちではないでしょうか。ミルクもなく、食料もなく、ただ死んでいくのです。事態は急を要しています。できるだけのことを私たちもしなければならない、そんな思いが沸いてきます。ただ一つ希望を持てるのは、聖公会の働きです。リアハ主教は、パレスチナ人としてパレスチナの人々に語りかけることができます。イスラエル国籍を持つ者としてイスラエルの人々に語りかけることができます。クリスチャンとして世界の人々に発信することができます。そして、聖公会は、子どもたちに対する様々な活動を通じて、イスラエルとパレスチナの真の和解を作り出しています。平和の作り手である聖霊が降臨したエルサレムの地で、このような働きがされていることを不思議にも思い、神の業のすばらしさに感動いたします。私たちは、同じ聖公会の信徒としてこのことを誇りに思い、喜ぶとともに、中東における聖公会の働きを支えていかなければならない、そのために祈らなければならないと思うのです。
 今日は、GFSとミセス・リードとステンドグラス、そしてパレスチナと中東聖公会のことについてお話ししました。この二つをつないでいるのは、和解と平和、そしてそのために聖霊が働いてくださる、そしてその聖霊を受けて私たちもまた、平和の作り手としてこの世に遣わされなければならないということです。聖霊は、西と東、北と南、すべての国々の民を一つにしてくださるのです。本日の福音書であるヨハネ福音書には、復活されたイエスさまが弟子たちの間に立ち、「あなた方に平和があるように」と語られたと記されています。だから、私たちは毎主日の礼拝の中で、「主の平和」と言って挨拶を交わし合うのです。そして、聖霊を私たちの中に吹き込み(それはちょうど、神さまが人間をお作りになったときに、命の息を吹き込まれたのと同じです)、赦しと和解の使命をお授けになりなりました。私たちはこの主イエス様によって与えられた使命、ミッションにどこまでも忠実でありたいと思います。祈りましょう。
 
<祈り>
 いつも豊かな恵みをお与え下さいます神さま、今日は、み子イエス・キリストが約束されたように初代教会の人々に聖霊が注がれ、すべての国の人々に福音を宣べ伝える宣教が始められた日です。聖霊によってすべての国、すべての民族は互いに理解し合い、和解することができるようになりました。どうか、戦争や争いの絶えない現代に生きる私たちにも聖霊を注ぎ、み子イエスさまが命じられたように、人々の和解と平和を作り出す業を果たさせてくださいますようにお願いします。また、50年前にアメリカから贈られたステンドグラスを通じて表されている世界の人々との友情に感謝し、それを引き継ぐGFSの活動を祝福してくださいますようにお願いいたします。