2006/4/16 復活日 
 
旧約聖書:イザヤ書25:6-9
使徒書:使徒言行録10:34-43
福音書:マルコによる福音書16:1-8
 
暗闇から未来の希望へ
 
 みなさん、イースターおめでとうございます。3日前の金曜日、イエス・キリストはイスラエルの支配層と、当時の世界的な超大国ローマ帝国によって十字架刑になり、今日、よみがえられ、弟子たちの前に復活のお姿を現されました。ですから私たちは、お互いに「おめでとう」と言葉を交わしあい、喜び合うのです。
 では、この日、実際にどのような出来事が起こり、それは私たちにとってどのような意味を持っているのでしょうか。ご一緒に今日の聖書のみ言葉から学んで参りたいと思います。マルコによる福音書には、このように記されています。十字架刑のあった翌日は安息日であったためだれもイエスさまが葬られたお墓(アリマタヤヨセフという有力な議員がイエスさまの遺体を引き取って自分の墓に葬ったのです)に行けず、マグダラのマリアをはじめとする女性たちが、遺体に塗る香料を携えてお墓へ行ったのは、その翌日、つまり週の初めの日(日曜日)の朝早くでした。そのときの彼女たちの心境はどのようなものだったでしょうか。マグダラのマリアは、イエスさまの忠実な弟子であり、心からイエスさまを愛していました。マルコ福音書には「このマリアは、以前イエスに七つの悪霊を追い出していただいた婦人である。」と記されていますが、イエスさまから受けた恩を心から感謝していました。別の解釈(後代の解釈)によれば、彼女はイエスさまから罪を赦された女性で、「純粋で非常に高価なナルドの香油の入った石膏の壺を持って来て、それを壊し、香油をイエスの頭に注ぎかけた。」(ヨハネ福音書ではイエスさまの足に塗り、自分の髪の毛でそれを拭った)女性と同一視されています。一緒にいたヤコブの母マリアというのは、イエスさまご自身の母、つまり聖母マリアだと考えられます。この女性たちの名前は福音書によって少しずつ違っているのですが、マグダラのマリアだけはすべてに共通しています。彼女たちは、男の弟子たちが逃げ去り、散り散りになった後でもなお十字架の下にとどまり、イエスさまの最後を見守ったのでした。そして今、ユダヤ教の安息日の時が迫ってくる中で、遺体に十分な処置をする間もなく葬られてしまったイエスさまにせめて香油でも塗って差し上げようと墓へ急いだのです。もっとも愛する人を、もっとも残酷な仕方で殺されてしまった悲しみ。それは、最愛の家族を不条理な仕方で、戦争や殺人事件、思いもかけない事故で失った人の悲しみににているでしょう。しかし、それを超えるものであったかもしれません。イエスさまはまさに、彼女たちの生きる力そのものだったからです。
 『イースター詩集』という日本基督教団出版による詩集の中で、そのマリアの悲しみを歌った詩があります。
 「喪の夜は今明けようとして/地平の闇は静かにゆらぐ/終夜の涙はマリアの頬をけずり/方に落ちかかる髪は/苦の波打で彼女を包んだ。
 すでに苛酷な十字架の上に/人の子の燃える憂いを叫んで/主は命捨てたまい/なきがらはいま墓の岩戸の中に
 嘆きのしずくに冷えふるえて/引きゆく足の錘(おもり)にさからい/マリアは項垂れて墓に近づく」
 これが詩の始まりです。私たちが、最愛の家族を失い、お葬式の準備を整えているとき、あるいは斎場からお骨をもって引き上げてくるときの喪失感、悲しみのようです。マリアの心は、ひたすら安らかに主イエスを弔うことに向けられています。ですから、イエスさまのご遺体に油を塗るためにはどうしても岩の戸(当時のお墓は横穴式で、大きな岩で入り口を塞いでいました。)を誰かがあけてくれるかどうか心配していたのでした。ともかく、彼女の心はお墓に集中していました。つまりそれは、人間の死の宿命と、悲しみの過去に向けられていたということができるでしょう。決して、その悲しみを乗り越え、希望を見いだそうとはていませんでした。
 ところが、お墓に着いてみると、墓の入り口の岩はすでに脇に転がしてあり、そこにはイエスさまの遺体はなかった、というとんでもないことになっていました。いわゆる「空虚な墓」の出来事です。そこにはただ、墓の暗い穴のみがぽっかりと開いておりました。彼女たちの最初の反応が、恐怖であったのは当然です。私たちは理解できないこと、常識を越えることにであったときに、まず恐れます。恐怖します。イエスさまから常々、ご自分の復活のことを聞かされていた彼女たちも、本当にそれが起こるとは思ってもいなかったのです。恐れおののきながら、彼女たちは逃げ帰った、そのように聖書には記されています。
 そのときに、白い長い衣を着た若者(マタイ福音書では主の天使と書かれています)が語った言葉に、私たちは注目したいと思います。マリアたちもこの言葉を思い起こすことによって復活のイエスさまに出会い、そのご臨在を受け入れることができたのです。若者はこう言います。「あの方は復活なさって、ここにはおられない。(…)さあ、行って、弟子たちとペトロに告げなさい。『あの方は、あなたがたより先にガリラヤへ行かれる。かねて言われたとおり、そこでお目にかかれる』と。」
 まずそこでは、墓に目を向けるのではなく、生きることに眼を向けなさい、ということが言われています。あの方はここにはおられない。あの方が生きて活動されたガリラヤに行けば、今も生きておられるイエスさまに出会うことができる。そう天使は告げているのです。ガリラヤ、それは、イエスと弟子たちの生活の現場であり、活動の舞台です。イエスさまと、イエスさまによって愛された人々とが密接な結びつきを作り、社会の差別や偏見を乗り越え、深い交わりが始まったところです。そう気づいたとき、マリアは本当に復活のイエスさまの臨在に気づき、親しくお目にかかり、言葉を交わしさえするのです。そこでは、死を見つめる悲しみから、未来の希望へと目を向ける、行き方の180度の転換が起こります。悲しみに打ちひしがれていた彼女たちが、希望に燃えて、すでに散り散りになっていた他の男性の弟子たちにもイエスの復活を告げ知らせ始めます。
 ある日本基督教団の牧師が、このような証しをされておられます。その方のお母さんは、58歳の時、再生不良性貧血という難病で亡くなりました。病状の悪化に伴い、食道がただれ、口から胃に至るまで慢性的な炎症が起こり、あまりの痛みに固形物が一切とれなくなり、結局、2年の闘病生活の後に天に召されました。お母さんが亡くなったとき、彼もご家族も皆、悲しみに沈み、すべてが終わったと感じられました。彼はそのときの悲しみを、イエスさまを失った弟子たちの悲しみになぞらえています。ところが、葬送式のすべてが終わり、皆が帰ろうとするそのときに、彼のお父さんが司式をしてくれた母教会の牧師に対して突然、「ちょっとお話があります」と申し出たのです。お父さんは「洗礼を受けたい、教会に連なりたいと願っている」と語られました。実はそのお父さんは教会に批判的で、ずいぶんお母さんを悲しませたこともあるのですが、そのお父さんがクリスチャンになりたい、と言われたのでした。教会報に載ったそのお父さんの信仰告白にはこのように書かれています。「妻が昇天する前日、妻の妹が見舞いに来て、二人で水入らずでいろいろな話をしたそうです。その折りにやはりクリスチャンである妹が妻に、<キリスト教を信じているのか。信じているならば、なぜいままで日曜礼拝にあまり行かなかったのか>と問うたところ、妻は<自分が母と共に日曜礼拝に行ったら、未信者の主人一人を家に置いて、主人が大変寂しい思いをするのではないか。それを思うと自分が教会に行かない方が家庭円満のためによいと思った>と言い、<だから自分は、主人に目立たないところで聖書を読み、賛美を歌って祈りを捧げてきた>と話したということを、妻が亡くなった後に妹より聞きました。私は、妻が教会に行かないのは体調が悪いためであろうと思いこんでおり、妻が私のことを思いやって家に残っていてくれたとは、全く気がつきませんでした。私に対して、家の中で一人寂しい思いをさせたくないという気持ちを、その闘病生活にありながら持ち続けてくれた彼女の愛を感じたとき、私は直感的に神の聖霊が私の体の中を貫く感に打たれました。そのとき私は、入信を決意しました。」その後、そのお父さんは熱心に教会に通い、残された母方の祖母を10年間にわたって看取り、一緒に聖書を読み、祈る生活を送られました。そのご子息、つまり現在では牧師をされておられる方は、「すべての終わりに見えたことが、新しい始まりとなりました。母の死という悲しみの出来事を通して、私たちは思ってもみなかった不思議な恵みに出会うこととなったのです。」と語っておられます。
 私たちの教会にも、愛する家族や配偶者を亡くされた方がたくさんおられます。その方々の悲しみは、必ずや、復活の信仰によっていやされ、新しい生き方の始まりへとつながっていくと私は信じています。悲しみだけではありません。過去の憎しみやつらい思い出、その思い出を抱えつつ人を赦すことができない自分がいるかもしれません。でも、どのような憎しみやこだわり、マイナスの思い出があっても、家族の間の悲しい出来事があっても、すべてはイエスさまが赦し、受け入れ慰めてくださる、と信じています。今日の旧約聖書には、「主はこの山で/すべての民の顔を包んでいた布と/すべての国を覆っていた布を滅ぼし、死を永久に滅ぼしてくださる。主なる神は、すべての顔から涙をぬぐい/御自分の民の恥を/地上からぬぐい去ってくださる。」すべての顔から涙をぬぐってくださるのです。私の母も、46歳の時に最愛の夫(つまり私の父)を飛行機事故で亡くし、おそらくは悲嘆のどん底に突き落とされたのではないかとおもいます。しかし、それから母の信仰生活が本当に始まった、と言ってもよいかと思います。 
 一昨日、川口基督教会で行われた受苦日(聖金曜日)の礼拝で、テゼの修道士である植松功先生は、黙想指導の中で「世界は今、もっとも深い闇の中にある。しかし、その闇の中に、私たちの苦しみの中にイエスさまがともにいてくださる。それが十字架の意味だ。」と仰いました。私たちの中にある闇、それは、悲しくいやな思い出であったり、人には言えない苦しみであったり、嫌悪すべき自分自身であったりします。そして、世界の暗闇、それは私たちのそのような罪が寄り集まってできあがった世界です。環境破壊や戦争の絶えない絶望的な世界です。私たちは、自分の闇を見つめ、イエスさまを呼び求めると共に、この暗闇の世界にイエスさまがいてくださるように祈りたいと思います。それが、イエスさまの復活を証しするということの意味ではないでしょうか。今日の使徒書である使徒言行録では、ペトロによる復活の証しが力強く語られています。私たちは、イエスさまによってこの世に派遣され、暗闇の中に復活の喜びの光を届けるように召されています。そのことを覚えて、今日のイースターの喜びの食卓(主の晩餐、つまり聖餐)にあずかりたいと思います。
 先ほど読み上げたイースターの詩の結びはこのようになっています。
 「見よ、光と共にみ声が聞こえてきた。<マリアよ、泣くな 私は死にはしない。私は父のもとへ旅立ったのだ。私の父、そしてあなたがたの父のもとへ。
 あなたはこのことを人々に伝え、証ししなさい。そのときいつも私は共にいよう。」
<祈り>
 私たちを心から愛し、ひとり子イエスさまを十字架につけられた神様。イエスさまは十字架の後3日目に蘇り、マグダラのマリアをはじめとする女性に、そして弟子たちに現れてくださいました。それは、私たちを人生の暗闇、死への束縛から解き放ち、未来の希望へと導いてくださる喜びの出来事です。私たちはその復活の喜びに満たされ、この世に派遣され、復活のイエスさまの働きに与るようにあなたから召されています。どうか、私たちをイエスさまの血と肉によって養い、用いてくださいますように。