復活節第7主日(昇天後主日)
 
第1日課:エゼキエル書39:21−29
第2日課:ヨハネによる福音書17:1−11
 
聖霊に導かれる救い
 
 今日は第1日課として旧約聖書のエゼキエル書が読まれました。エゼキエルという預言者は、バビロン捕囚の末期に活躍した人物です。バビロン捕囚とはいったい何でしょうか。
 イスラエル民族は、神様によって最初に選ばれた民族です。神様によって選ばれ、ヤハウェを神とすること、神はイスラエル民族をご自分の民とされることを契約されました。それは、「わたしはあなたがたの神となり、あなたがたはわたしの民となる。」という旧約聖書の言葉にはっきりと表されています。エジプトに囚われていたイスラエル民族は、この契約を信じて、モーセに率いられてエジプトを脱出いたします。そして40年の間、荒野をさまよった後、カナンの地、現在のパレスチナ地方に定着するようになるのです。彼らはそれを神の恵みととらえ、感謝してすべての栄光を神にお返しする気持ちを忘れてはいませんでした。私たちが献金のときに献げる祈り、「すべてのものは主の賜物。私たちは主から受けて主に献げたのです」はもともと「ダビデ王の祈り」と言われ、歴代誌上29節14節からとられたものです。ダビデ王がイスラエル全土を統一し、感謝の礼拝をして、大量の献げものをしたときの祈りです。
 ところがイスラエル民族は、次第に神様からいただいた特別の恵みを当然のことと思うようになり、感謝の気持ちを忘れ、神に礼拝を献げることも、感謝の気持ちも、祈りの心も消え失せてしまいます。そして、国内にはほんの少数の豊かな支配層が、貧しい庶民を虐げ、不正を働く、社会は乱れる、という有様になってくるのです。何か、現在の世の中を思い起こすような気がいたします。その結果国は南北に分裂し、その混乱と腐敗はさらにひどくなっていきます。北の方の王国をイスラエル王国、南の方の王国をユダ王国と言いますが、その北王国で活動した預言者アモスは、「お前たちは弱い者を踏みつけ/彼らから穀物の貢納を取り立てる。お前たちの咎がどれほど多いか/その罪がどれほど重いか、わたしは知っている。お前たちは正しい者に敵対し、賄賂を取り/町の門で貧しい者の訴えを退けている。」(アモス書5:11-12)と、当時の支配者たちを非難しています。そして、紀元前8世紀に北王国はアッシリアという強大な国に滅ぼされ、民族抹殺政策によって跡形もなく地上から消し去られてしまいます。南のユダ王国はかろうじて生き残るのですが、それからおよそ150年後、この王国も滅亡します。相手は、大国アッシリアを滅ぼした新興のバビロニア帝国でした。バビロニア帝国は民族抹殺政策はとらず、数千人とも数万人とも言われる指導者たちを首都バビロンに連行いたします。現代で言うならば、強制収容所、集中キャンプに住まわせる訳です。これがバビロン捕囚と言われる事件で、約50年間続きます。捕らわれて、いわば難民の身となったイスラエルの人々は、大きな試練に直面いたします。それは、神様によって選ばれ、愛されていたはずの自分たちがなぜ滅びなければならなかったのか、ヤハウェの神は全能ではなかったのか、という問いであります。そこで彼らがたどり着いた信仰の一つが、創造信仰であります。天地万物を造られた神様は、私たちをはるかに超えた方である。私たちの知恵では計り知れないご計画をお持ちの方である、という信仰です。イザヤ書の55章には「天が地よりも高いように、わたしの道は、あなたがたの道よりも高く、わたしの思いは、あなたがたの思いよりも高い。」という有名な言葉があります。単なるイスラエルの氏神ではなく、天地万物を造られ、全人類を造られた神は、ご自身の大きな救いの計画によってこの歴史に働きかけておられる。現在受けている試練は、その大きな計画の一部なのだと、イスラエルの人々は考えるようになったのです。だから、絶望するには及ばない、きっと救いが訪れる。そういう信仰に支えられ、彼らは現在の苦難に耐えることができたのす。彼らはまた、神によって選ばれた民であるということに安心し、傲慢に陥っていた自らのおごりに気付かされます。繁栄と強さの中からではなく、苦難と弱さの中から、神の前に自らを投げ出すへりくだりの中から、神に向かって叫ぶ、祈る、ということを知るようになるのです。いわば本当の意味での信仰、霊的な深みのある信仰を持つに至ると言うこともできると思います。
 エゼキエルはそのような中で活動した預言者でした。エゼキエルが告げ知らせる神の計画は、救いでした。「今やわたしはヤコブ(イスラエル民族)の繁栄を回復し、イスラエルの全家をわが聖なる名のゆえに熱い想いをもって憐れむ。」と神は語りかけます。そして、そのときに神は約束されるのです。来週の聖霊降臨日の旧約聖書に当たっていますが、今日の箇所の続きです。それは、「わたしは彼らを国々に捕囚として送ったが、自分の土地に集めて、もはや、かの地には残さない。そのとき、彼らはわたしが彼らの神、主であることを知るようになる。わたしは二度とわが顔を彼らに隠すことなく、わが霊をイスラエルの家に注ぐ」と主なる神は言われる。」(39:28−29)という約束です。救いは神の霊、つまり聖霊と共に訪れる、という約束です。
 さて、今日の第二日課として読まれましたヨハネ福音書に目を向けてみましょう。これは、イエス様が十字架にかかる直前に最後の晩餐を弟子たちとともになさり、さらにその中で最後の祈りを献げられるところです。地上でのすべてのことをなし終え、最後の運命、十字架に向かって歩みを始められる前の祈りです。その中でイエス様は、「わたしは、もはや世にはいません。彼らは世に残りますが、わたしはみもとに参ります。聖なる父よ、わたしに与えてくださった御名によって彼らを守ってください。わたしたちのように、彼らも一つとなるためです。」と祈っておられます。イエス様はご自分を十字架上で献げられ天に昇る、一方弟子たちの共同体はこの世に残る。残された弟子たちの間で本当に愛に基づく一致が生まれるかどうか、イエス様は心残りであったに違いありません。これは、ヨハネ福音書が書かれた当時(紀元90年頃)の教会の分裂状況を映し出しているのだという説もあります。いずれにせよ、弟子たちの一致のためにイエス様は祈っておられるのです。先週の5月5日は昇天日といって、復活後40日の間地上におられたイエス様が再び天にお帰りになった日とされています。つまり、今度こそイエス様は本当にここにはおられない、という状況の中で、弟子たちがその不在感、喪失感に堪え、イエス様がおられたときと同じように、一体となって愛し合うということが求められていたのです。
 私たちが心に留めなければならないのは、イエス様がその助けとして、「助け主」「弁護者」ということを仰っておられることです。ヨハネ福音書14章15節以下では、「わたしは父にお願いしよう。父は別の弁護者を遣わして、永遠にあなたがたと一緒にいるようにしてくださる。この方は、真理の霊である。(…)この霊があなたがたと共におり、これからも、あなたがたの内にいる(…)。わたしは、あなたがたをみなしごにはしておかない。あなたがたのところに戻って来る。しばらくすると、世はもうわたしを見なくなるが、あなたがたはわたしを見る。わたしが生きているので、あなたがたも生きることになる。」というイエス様の言葉が記されています。この「弁護者」(以前の口語訳では「助け主」)というのは、真理の霊と言われています。つまり、聖霊のことです。イエス様は父なる神さまにお願いして、聖霊を送ると約束されたのであります。ここでも、救いは聖霊とともに訪れるということが言われているのです。私たちはイエス様のことを直接は知りません。でも、聖霊の働きを通じて、まるですぐ側にイエス様がおられるように感じることができるのです。そして、聖霊の働きを通じて、分裂やいがみ合い、憎しみを克服して一体となることができるのです。それが、イエス様の約束でした。
 昨日、私がチャプレンとして勤務しております学校のPTAの集まりがあり、その中で、一人のお母さんの感動的なお話を聞く機会がありました。その方のお嬢さんは今年の春高校を卒業され、北海道の大学に入学されたのですが、実は、高校在学中には大変な苦しみを味わわれました。真面目でどちらかと言えば目立たなかった彼女は、クラブでの人間関係に躓いたことから抑鬱症になり、心療内科に通うようになりました。登校拒否になり、リストカットを繰り返す、家庭内ではいさかいが絶えない日々となりました。お母さんは家中のありとあらゆるカミソリ、刃物類を隠してしまったそうです。出席人数も足らず、本気で転校を考えたこともあります。でも、クリスチャンのある先生と出会ったことがきっかけで、自分を変えることが必要だと本気に考えるようになり、北海道の農場にお手伝いにでかけました。校則違反のアルバイトでしたが、周りの先生方も事態を飲み込んで、見守ることにしました。北海道で、何があったのかは分かりませんが、帰ってきた彼女はお母さんに大学に行く、と言い、驚かせました。それからの彼女は変わりました。自分の目標目指して着実に勉強し、出席率も何とか取り戻しました。そして、今年の4月、ミッションスクールであるこの大学の入学式に出席したお母さんは、入学式に歌われた讃美歌「慈しみ深き友なるイエスは」に心を打たれました。このお母さんは私どもの高校の卒業生で、この歌には親しんでいたのですが、大学入学式でこれを聴いたときに、「本当にイエス様の慈しみに包まれて娘はここに来ることができた。」とつくづく感じたそうです。そして、以前から礼拝のときに聞いていたみ言葉、「神は真実な方です。あなたがたを耐えられないような試練に遭わせることはなさらず、試練と共に、それに耐えられるよう、逃れる道をも備えていてくださいます。」という言葉が胸に響きました。もちろん苦しみの中にあるときには、「もう今でも乗り越えられないのに…」と思って反発を感じておられたそうですが、一つの光明を見出した今、神の導き、苦しみの中で与えられる恵みについて、しみじみと感じるところがあったと仰っておられます。そして、このお母さんは今、求道者として教会に通っておられるとのことです。私たちは、苦悩の中にあるときには、なかなか周りが見えないものです。また、苦悩の中にある人に向かって、「神は耐えられないような試練をお与えにならない」などとは軽々しく言えません。しかし、実際に暗闇の中から光を見出した方の口から語られるこの言葉には力がありました。
 今日は「母の日」です。ちょっと調べてみますと、この母の日の贈りものの売上はバレンタインデーよりも、さらにクリスマスよりも大きく、日本最大のギフトイベントだということです。「母の日」はアメリカで始まりました、1905年5月9日にアメリカのフィラデルフィアに住むアンナ・ジャービスという方の大切なお母さんが亡くなりました。その悲しみの中でアンナは、「お母さんに対しては感謝の気持ちでいっぱいなのに、もうお母さんはもうこの世にいない。お母さんが生きているときにもっとお母さんをたたえて、感謝の気持ちを伝えたかった」と思ったのです。そして、他の人にもう同じような気持ちになってもらわないためにも生前にお母さんを敬う機会を設けたいと思うようになりました。その活動は徐々に大きくなり1907年頃には、母の日の祭日を設ける運動が全米で繰り広げられ、1913年に母の日が、アメリカの議会で満場一致で制定されました。日本では教会からこの習慣が始まり、広がっていきました。ここにも、悲しみの中で慰めを見出した一つの証しがあると思います。
 さて、イエス様が十字架につけられ、この世からおられなくなったとき、弟子たちは本当に喪失感と絶望の中にいました。しかし、イエス様は「いつもあなた方と共にいる」と語られ、聖霊を送ると約束されたのです。そこから、弟子たちの目を見張るような宣教活動が始まります。来週は聖霊降臨日。聖霊が弟子たちに送られ、聖霊の導きにより、人びとにイエス様の福音を宣べ伝える活動が始まった日です。教会の誕生日と言われます。どうか、私たちも聖霊に導かれ、苦しみの中から希望を、悲しみの中から喜びを、喪失感の中から充実感を、日々の生活の中で感じ取って行きたいものです。