いつも外池先生と共に…
2004年の今年もいよいよ終わりにさしかかりました。月日の経つのは何て早いのでしょうか、外池先生がお亡くなりになって7ヶ月が過ぎてしまいました。わたしはまだ元気が出ません。先生のことを思い出すと悲しくなって涙が溢れてきます。だから、先生には悪いのですが今は余り思い出さないようにしています。
私のクリスチャンネーム、『セシリア』という洗礼名は、教父母である外池先生に決めてもらいました。何種類か候補をご提示くださって、「大倉さん、どれが良いですか?」と言われ、私は「先生はどれが良いと思いますか?」と聞き返しましたら「これこれしかじかでセシリアがよいと思いますが」とおっしゃったので、即、それに決めました。セシリアがどんな人でどんな功績があったのか、特に気になりませんでした。先生が「これ!」とおっしゃれば、疑うことなく「はい!」という、なんとも従順な『とのいけ教』の信奉者だったからです。
洗礼式は、とても緊張しました。その後の堅信式・聖餐式もそうでした。ウエハースとぶどう酒をいただく陪餐は、他の受聖餐者より堅信を受けた人が先でしたから、礼拝中刻々と迫ってくるその時をドキドキしながら待っていました。その時が来て、いよいよ前に行かなきゃ、と席から動き出そうとしたら、外池先生に「まだ、まだ」と腕を引っ張る。数秒して、先生の顔を覗き込んだら「まだまだ」と首を振っています。私は(ホントにまだいいの?)とうつむいていたら、今度は急に先生が私の背中を押して、「さぁ、行って!」とおっしゃる。そこで慌てて出ていって、荒い呼吸のまま、司祭様から陪餐を受けました。しかも、戻り間際に自分のスカートの裾を踏んづけたりして…全くヨタヨタの初陪餐でした。
私の歩みはこんなドジなスタートでしたが、あれから30年余、振り返ってみれば、悲しい時も嬉しい時も外池先生がそばにいて下さって、慰め励まし誉めて下さいました。こうして今まで教会を離れずにいられたのは、外池先生が支えてくれたおかげだと思っています。
毎年、この時期は外池先生の短歌が掲載されました。皆さんもご記憶があると思いますが、昨年の歌は、闘病のお苦しみを書いたものでした。その後、どのように感想をお伝えしようかと思っていましたが、先生はすっかり弱られ教会に欠席されるようになりました。先生はいつも私のつたない文章でも丁寧に感想を文章にして評価して下さったのに、私はそのお返しもできずに、とうとう機会を逃してしまいました。今でも悔やまれることのひとつです。
フレッシュなクリスマス
クリスマスへのご協力,ありがとうございました。
今年は23日に聖劇を行ったり,イブは大人の雰囲気だったりと,新しい試みがたくさんありました。いつもながら,学期末のかき入れ時なので,ほとんど戦力となれず,申し訳なく思っています。皆様,お疲れ様でした。
25日の祝会のミックスカレーはとても美味でした。数軒分の味が合わさるとあんなにおいしくなるとは,びっくりでした。今後も定番になりそうですね。自分の台所で作るカレーでしたら私も大歓迎です。
聖劇はとても上手でした。たくさんの練習,大変でしたね。来年は観客も増えるといいですね。(結城小では下校時に,校門で近くの教会のビラ配りが時々行われていることを思い出しました)
イブの日は,たまたまお休みだった妹夫婦が来てくれました。静かな教会でのクリスマスを味わってみたいとのことでした。
仕事仲間の中にも,「イブなのに何の予定もなくつまらない」とおっしゃる方がいました。クリスマス礼拝の説教で具体的な信仰というお話を聞き,「教会へどうぞ」とさりげなく言えるようになりたいと思いました。
《ほっとひといき》
今回は大倉姉に原稿をお願いしました。何度も推敲してはメールを下さり,ありがとうございました。年末号は外池先生が恒例となっていましたが,大倉姉にカバーしていただき,助かりました。
SSの時から外池先生の愛弟子であったと伺っています。高校生の頃,洗礼を受けたと聞きました。たどたどしく奏でるわたしのオルガン伴奏は,大倉姉の美しい歌声に励まされ何とか弾きおえている感じです。これからも,よろしくお願いします。
来月は,秋葉緑姉の予定です。どうぞお楽しみに。
信徒総会の時に,原稿の依頼をしたいと思っています。今年は「クリスチャンネームや,洗礼を受けたときの思い出」などを中心に書いていただきました。是非原稿を書きたいという方は藤田までお知らせ下さい。文章を書くのには抵抗があるという方,インタビューという方法もありますので気軽にお声をかけて下さい。原稿は不足がちです。苦しいとき,私のつたない旅行記でつないでいます。ご協力をお願いいたします。ちなみに来年は「わたしの好きな聖歌,聖句」の予定です。もちろん他のテーマでも大歓迎です。
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