月報「せいあい」

月報「せいあい」      (2008年3月23日号)

 「せいあい」は毎月発行されます。「せいあい」には教会暦に合わせた司祭の
聖書の解説や、メッセージが載りますが、信徒の考え方や意見或いは疑問など
が投稿れて紙面が構成されています。
 今月号の巻頭は「聖堂聖別記念日に寄せて」と題して、パウロ鈴木司祭が
書かれています。
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 「聖堂聖別記念日に寄せて」の要旨

 「せいあい」は毎月発行されます。「せいあい」には教会暦に合わせた司祭の聖書の
解説や、メッセージが載りますが、信徒の考え方や意見或いは疑問などが投稿されて
紙面が構成されています。

【今月号の巻頭】

祝イースター

司祭 パウロ鈴木伸明

鈴木司祭は巻頭の書のはじめに、マルコによる福音書16章6節を引用し記してています。

驚くことはない。あなたがたは十字架につけられたナザレのイエス

を捜しているが、あの方は復活なさって、ここにはおられない。ご覧

なさい。お納めした場所である。

そして、中ほどに新約聖書が伝える復活はどのようなことなのかについて書いています。

新約聖書が伝える復活とは、死んだ人間が生き返るいわゆる蘇生を

意味しているのではなく、

ということを意味します。すなわち十字架にかけられ、息をひきとられ

たイエスが、主なる神によって起き上がり、人々の中にいきておられ

今を生きる私たちと共に生きておられるということです。

主イエスは三日目に復活されました。死の中に止まってはおられませ

んでした。こうして罪の結果である死がやがて滅ぼされることをはっき

り示し、私たちもまた、永遠に罪と死の中に止まっているのではなく、

立ち上がる、起き上がる

る、そして

時間と空間を越えて
また、イエスの復活と永遠の命について次のように記しています。

永遠の命への招き

を受け入れている存在であることを伝えられたのです。

最後に司祭は、12弟子の強さについて記しています。

主イエスの12弟子のうち、ヨハネを除く弟子は全員殉教しました(ユダ

の後継者マッテヤを含む)。復活の主イエスに出会った彼らは、もはや

何も恐れず、命をも惜しまずに主イエスを述べ伝えるために出かけてい

ったのでした。そこには、主イエスが十字架につけられるため捕らえら

れた際、見捨てて逃げてしまった弱い弟子たちの姿は全く見受けられ

ません。

彼らを強めたのは、まぎれもなく

復活の主であり

復活の主との出会い

だったのです。