キリスト者の生活
信仰
2107  ナザレの町より
ナザレのまちより
加藤 望 (1948-)
NAZARE NO MACHI
内藤正彦 (1963-)
 改訂委員会が行った、新しい聖歌の公募(第一次)から採用された聖歌です。
 主イエスへの慕わしき思い、その感謝を、日本人のこころに響く言葉や風景を用いて表現しようとした、詩情豊かな聖歌です。そこには、遠藤周作の小説世界が描き出そうとしてきた、日本的なキリスト教への取り組みに共通するものが感じられます。
 作詩の加藤望は東京聖三一教会信徒。日本語教師として、外国人にことばとそれをとりまく文化を伝える日々を送っている彼は、ことばへの鋭敏な感性をもった、『試用版』の訳詩においても重要な協力者です。作者はこの聖歌について次のようなメッセージを寄せています。

 宇宙と時間はどこまで行っても終わりのないものであり、そんな世界に私がどうして生きているのかという子供心の素朴な疑問があります。
「闇夜にそそぐ一筋の光」は、古き時代より今まで、物理的空間と時間と、人々の肉体と心が切り離されてきた亀裂を結びなおす、主イエスのご降誕 (ナザレ) 、十字架 (ゴルゴタ) 、 ご復活(湧き水) が、今よりとこしえに時空を超えるべき人々の魂にいぶき続けているという情景が、詩から旋律へ託されて、つぼみがゆっくり開いてゆくように、聖歌としての命がはぐくまれてきているようです。
(作詩者の書簡より)


 作曲の内藤正彦は、舞台音楽や器楽曲などを多く手がけている作曲家で、聖歌としてはこれが最初の作品です。旋律・和声ともに、これまでにはみられなかった新鮮な聖歌です。詩の言葉自体のもつ響きを、大切にして作られた旋律です。4分休符を忘れずに、ゆったりと力まずに歌うと、言葉と旋律の自然な融合が感じられます。
 伴奏譜は、主旋律が右手のソプラノラインではなく、主に左手のテナー、ベースラインでとっているところが多いので、主旋律が聞きとりにくいことがあるかもしれません。その場合は、右手は旋律だけを弾いてもよいでしょう。余韻のある和声を楽しみながら、陪餐後に静かに歌いたい聖歌です。
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